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「人生一番の挫折」“Jリーグ出場ほぼゼロ”から4年でW杯日本代表に急成長のナゼ「DFで10番のプレーしろ」鈴木淳之介恩師と本人が明かす最新型センス
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佐藤景Kei Sato
photograph byEtsuo Hara/Getty Images
posted2026/06/13 17:02
2023年、湘南時代の鈴木淳之介と山口智監督。Jリーグの舞台でつかんだ飛躍のきっかけとは
「淳之介の第一印象? 静かな選手、うまい、以上。みたいな感じでしたね(笑)」
山口氏は、当時の記憶をそう述懐する。
「でも、この選手に何かきっかけを与えたい、変化してほしいという思いはコーチとして接していた最初の頃からありましたよ。淳之介には、自分に矢印を向けられる強さがあったから」
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山口氏がその指導において、頻繁に使うのが「基準」という言葉だ。サッカーをプレーする上で必要かつ普遍的な強度、立ち位置、そして判断力。これらの要素が一定のレベルに達していない選手は、どんなに才能があってもピッチに立たせることはない。山口氏が淳之介に対して求めたのは、高校時代のような「うまいボランチ」であることではなく、その基準をクリアすることだった。
出られればどこでもよかったです
2023年、プロ2年目を迎えた淳之介に対し、山口監督は複数のポジションでプレーさせるようになる。右ウイングバックやサイド寄りのボランチで起用し、より多くのスプリントやボランチとは異なる守備タスクを要求した。
淳之介が自らの葛藤を、小学生時代の恩師の一人である青井健氏に打ち明けたのはこの頃のことだ。
「淳之介が『青井さん、マジでわからないです』とこぼしたこともありましたよ。私は『足りないものを求められている証拠だよ。今はやるしかないよ』と諭すしかできなかったですね」
淳之介本人は、当時の剥き出しの飢餓感をこう述懐している。
「3年半、ほぼ試合に出られていなかったので……。出たとしてもラスト10分くらい。とにかく『試合に出してくれ』と思っていましたし、出られればどこでもよかったです」
淳之介の特徴を最大限出すなら「ここだ」と
ポジションへのこだわりを捨て、ただピッチに立つことだけを渇望したこの時期。なりふり構わず、あらゆる役割を完遂しようともがいた日々は、まさに山口監督の狙い通りだった。不慣れな景色の中で土台を磨かせ、ピッチ全体を異なる角度から見つめさせることが、淳之介のキャリアにとって不可欠なプロセスになると確信していたからだ。

