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「あの馬庭優太の様子が…」甲子園で旋風“大社ナイン”はいま何してる? 「神バント」で話題、安松大希は野球やめて夢を追う…石飛文太監督の証言
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井上幸太Kota Inoue
photograph byKota Inoue
posted2026/05/24 11:05
大社高校卒業後は東洋大に進学した馬庭優太
「甲子園メンバーにもよく連絡していますよ。最近もキャプテンの石原(勇翔、大阪体育大)、佑(藤原、徳島インディゴソックス)に連絡しました。調子がよかったり、上手くいっている選手はすぐ電話に出てくれます。電話に出ないときは状況がよくないんだろうな、とかね。一つのバロメーターです」
「神バント」安松は野球をやめて…
そして、この男にも触れねばならない。「神バント」を決めた安松大希である。
当時2年生だった安松は、甲子園後の新チームから正捕手に定着。リズムを生む守りと、バントに限らないミート力ある打撃の両方で、昨夏の島根大会はチームを4強に導いた。
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投手兼内野手だった中学時代は目立つ選手ではなく、「無理に大社に来るよりも、出場機会のあるチームに行った方がいい」と、石飛も積極的に勧誘したわけでもなかった。
だが、2学年上の兄の拓海が大社に在学していたこともあり、憧れを捨てきれず入学。大社に強い気持ちを持つ安松の道筋を見つけようと、石飛は「オレの言うことが聞けるか?」と投げかける。頷く安松に対し、捕手への転向を厳命した。
言いつけを愚直に守って捕手となり、猛練習でバントを武器にして甲子園で球史に残る大仕事を成すと、最終的に頼れる正捕手に成長した。間近で努力を見続けた石飛は、大学での野球継続を勧めた。だが、安松は首を縦に振らなかったそうだ。
「あれだけ夢を与えてくれる存在ですから。僕としては野球、続けてほしかったですけどね。『これ以上、上手くなる未来が見えない』と。与えられた場所で、どう頑張るか。彼と過ごして、これが大切だと学ばせてもらいましたね」
安松は救急救命士という夢を見つけ、この春からは関西の専門学校に進んだ。石飛の指示を守って活躍の場を見出した安松が、野球以上の夢を見つけ、最後は“言うことをきかなかった”のは、なんとも粋な話である。


