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将棋PRESSBACK NUMBER
「“賭け将棋”真剣師とタブーのアマ・プロ戦」「前日まで羽生将棋のゲラを見て羽生戦勝利」将棋世界元編集長が知るウラ話…藤井聡太で一時活況も
posted2026/05/03 06:01
藤井聡太という将棋界きってのスターがいる中で、長年にわたって将棋界を支え続けた専門誌も転機を迎えている
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田丸昇Noboru Tamaru
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Noboru Tamaru/Keiji Ishikawa
日本将棋連盟が発行する月刊誌『将棋世界』は約90年もの歴史がある。後編は「将棋世界誌の変遷」。連盟の出版担当理事を以前に務めた田丸昇九段が、戦前の創刊時から現代までの歴史をたどる。【全2回中の2回目。文中敬称略。棋士の肩書と年齢はいずれも当時】
将棋世界の創刊年…“じつは戦前”1937年
89年前の1937(昭和12)年10月。将棋大成会(日本将棋連盟の前身)が公認する月刊誌『将棋世界』が創刊された。発行元は博文館という出版社である。
博文館は明治時代中期に創業され、雑誌『太陽』『文芸倶楽部』、辞典『辞苑』(『広辞苑』の前身)など、数多くの刊行物を出版した。取次会社、印刷所、洋紙会社などの関連会社も創業し、日本最大の出版社だった。『文章世界』『冒険世界』『農業世界』などの雑誌を刊行した関連で、『将棋世界』という表題になった。創業家の大橋進一は将棋を愛好し、編集者として陣頭指揮を取った。
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以下、1937年10月前後の棋界、社会情勢を簡潔に記す。
1935年に始まった実力名人戦リーグで優勝争いは木村義雄、花田長太郎の両八段にしぼられ、37年12月に両者の対戦で勝った木村が初代名人を獲得。同年7月に起きた日中戦争の影響で、若手棋士らが次々と出征した。パリ万国博覧会で日本館が設計賞を受賞し、大本営が設置され軍部が独裁を確立。さらには京阪神で省線電車開通した。寿屋(サントリー)がウィスキー12年を発売し、後楽園球場の落成記念試合で水原茂(巨人)が第1号本塁打を放っている。
その時勢の中で『将棋世界』創刊号は134ページ、定価70銭で創刊した。巻頭には関根金次郎名人、土居市太郎、花田長太郎、金子金五郎、大崎熊雄、木村義雄など9人の八段の写真が載り、棋士たちは定跡講座を解説した。創刊2号からは菊池寛、幸田露伴、角田喜久雄らの人気作家が評論や随想を寄稿した。なお将棋雑誌は以前に他社から刊行されたが、内容が専門的すぎて売れなかったという。
雑誌を通じて《読む将棋》をお目にかけたい
一方で『将棋世界』は講座と読み物を両輪に、平易な内容と行き届いた編集で読者の獲得に努めた。木村名人誕生の明るい話題もあり、将棋ファンの評判は良かった。

