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将棋PRESSBACK NUMBER
「“賭け将棋”真剣師とタブーのアマ・プロ戦」「前日まで羽生将棋のゲラを見て羽生戦勝利」将棋世界元編集長が知るウラ話…藤井聡太で一時活況も
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田丸昇Noboru Tamaru
photograph byNoboru Tamaru/Keiji Ishikawa
posted2026/05/03 06:01
藤井聡太という将棋界きってのスターがいる中で、長年にわたって将棋界を支え続けた専門誌も転機を迎えている
1978年の『将棋世界』1月号から、若手棋士と強豪アマが平手で対戦する「アマ・プロオープン戦」の連載企画が始まった。従来のアマ・プロ戦は駒落ちが原則で、平手戦はタブーといわれたものだ。
しかし、「話題になれば将棋界は発展する」という当時の編集長の決断で実現した。その予測は的中して大反響を呼んだ。なお、78年のアマ・プロ戦シリーズは、プロの12戦全勝という結果となった。
1979年のアマ・プロ戦シリーズの初戦では、飯野健二四段(24)と「闇の真剣師」と怖れられていた小池重明(31)が対戦した。小池は賭け将棋で鍛えた怪力で飯野に勝つと、以降も棋士との別の平手戦でも勝負強さを発揮し、「プロ棋士キラー」と呼ばれた。
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1970年代から80年代にかけて、中原誠(十六世名人)と米長邦雄(永世棋聖)がタイトル戦で何回も激突し、数々の名勝負は将棋ファンの人気を呼んだ。『将棋世界』の部数も伸びた。両者は対局で毎週のように顔を合わせたので、米長は「カミさんより中原さんと一緒にいる時間が多い」と苦笑したものだ。
前日までゲラで羽生将棋を→羽生戦で勝利
私は将棋連盟理事に就任した1989年秋、島朗竜王(26)に羽生善治六段(19)が初挑戦した竜王戦七番勝負に注目した。新星の竜王獲得を見込み、『将棋世界』増刊号で羽生特集を思い立った。羽生の四段以来の全局集(約260局)、竜王戦の対局と写真、羽生の小伝、米長九段(46)との対談、棋士の評論や著名人の随想、といった内容だ。竜王戦の進行を見ながら準備を進めた。
その羽生は出だしで2連敗し、先行きを心配した。もし敗退したら発売を少し延ばそうと思った。しかし羽生が2勝2敗で持ち直すと、私たち編集スタッフは手ごたえを感じた。そして1989年12月、羽生は4勝3敗で島を破り、19歳の羽生新竜王が誕生した。
1990年1月中旬、増刊号『竜王、羽生善治。』(※表紙写真は関連記事からご覧になれます)の最終校正で、私も印刷所に行って羽生の棋譜をひたすら並べた。そんな作業を2日も続けると、羽生になったような気がした。難局でもどうして簡単に勝てるのだろうかとも思った。
その翌日、私こと田丸七段は棋王戦の敗者復活戦決勝で羽生竜王と対戦した。


