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「(日本ハム入団の可能性は)ゼロです」大谷翔平ドラフト1位強行指名「本人に会えず…」わずか18分間で終了した入団交渉から、日本ハムが逆転した日
posted2026/04/12 11:03
2013年、日本ハム1年目の大谷翔平(当時19歳)
text by

中溝康隆Yasutaka Nakamizo
photograph by
Nanae Suzuki
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「(入団の可能性は)ゼロです」
「評価していただいたことはうれしいけど、日本のどの球団から指名されたとしても、自分の気持ちは変わらない。(日本ハム入団の可能性は)ゼロです」
2012年のドラフト会議で日本ハムから単独1位指名を受けた大谷翔平は、指名から約10分後の記者会見ではっきりとそう口にした。ドラフトのテレビ中継も、映像が心に残るのが嫌だったので、あえて見なかったという。最速160キロの超高校級右腕にして、高校通算56本塁打の大型スラッガーでもある大谷は、すでに4日前の10月21日、花巻東高で会見を開き、卒業後のメジャーリーグ挑戦を表明していた。「日本球界への復帰は、ない。それくらいの決意を持ってメジャー挑戦を表明しました」とまで言い切った18歳の少年の断固たる決意の前に、他球団はこの逸材の指名を回避。そんな中、あえて強行指名に踏み切った日本ハム入団の可能性も、ほとんどないように思われた。
「本人に会えず…」18分間で終了
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指名翌日には、山田正雄GM(ゼネラルマネジャー)と大渕隆SD(スカウトディレクター)が花巻東高野球部の佐々木洋監督のもとに指名挨拶に訪れるも、大谷本人とは会えず、面会はわずか18分間で終わった。11月2日の2回目の入団交渉で自宅を訪ね、ようやく大谷と顔を合わせることができたが、まずは指名経緯の説明とメジャー挑戦の意思を再確認するヒアリングを実施。栗山英樹監督から託された、「大谷くんへ、夢は正夢。誰も歩いたことがない大谷の道を一緒に作ろう」という直筆メッセージが書かれたボールを持参した。
この時、山田GMが大谷家の愛犬エースと戯れ、その姿を見た大谷の母は「愛犬家に悪い人はいない」と好印象を抱いたという。交渉の過程で、両親との会話の感触から、息子の意思を尊重しながらも、絶対に日本のプロ野球入りの道を閉ざしているわけではない雰囲気も感じた。そして、迎えた11月10日、3度目の交渉で日本ハムは勝負に出る。

