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大谷翔平が先輩選手に「飲み会には行きません」日本ハム栗山監督が徹底した「大谷ルール」…外出完全許可制でルーキー大谷を守った
posted2026/04/12 11:04
2013年、日本ハム1年目の大谷翔平(当時18歳)
text by

中溝康隆Yasutaka Nakamizo
photograph by
Sankei Shimbun
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開幕戦はライトだった
「今日に関しては、入学式みたいな感じで来ました。プロの世界は本当に難しいと思います。(投手と野手)2つやるのは。ただ、本当に最初から『やろう』って言ったんだから、2人でね。本当に『やるんだ』とアイツが思い続けられるかどうか。能力はあるはずなので。いいスタートを切らせてあげたいです。ある意味、本当のスタートは今日だと思うんでね」
2013年3月21日、栗山監督はテレビカメラの前ではっきりと決意表明をしてみせた。その夜、NHK『ニュースウオッチ9』のスポーツコーナーで、女性キャスターは「今日のオープン戦で初めて、同じ試合の中で投手と野手の両方で出場することになりました」とルーキー大谷の投打二刀流デビューを伝えている。
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背番号11は東京ドームでの楽天戦の8回に4番手でマウンドへ。先頭のマギーを3球三振に仕留め、続く森山周への初球は157キロをマークした。1回2奪三振の無失点投球を披露し、その裏の攻撃で「三番・投手」で打席に立つと、一・二塁間を襲った当たりが好守に阻まれ惜しくも一ゴロ。9回には右翼守備にも就き、二刀流伝説が幕を開けた。
3月29日の西武との開幕戦では、「八番・右翼」でスタメン出場を飾ると、第2打席で岸孝之の137キロの直球を右翼線に運び、プロ初安打となる二塁打。続く第3打席ではタイムリー安打を放ち、プロ初打点をマークする。守っては7回にフェンス際のファウルフライを193cmの長身を生かしてジャンピングキャッチと攻守に躍動し、試合後は西武ドームのお立ち台へ。高卒新人の開幕戦複数安打、打点は球団史上初の快挙だった。
右頬骨折のアクシデント
即戦力野手として結果を残した打撃面とは対照的に、投手の調整は遅れた。イースタン・リーグで4月11日のロッテ戦にプロ初先発するも、4回を5安打3四球3失点と立ち上がりから制球が乱れた。4月13日のオリックス戦では、右翼守備中に芝生の切れ目で右足首をひねり、軽度の内反捻挫で一軍選手登録を抹消されてしまう。あらためて二刀流育成の難しさが議論されたが、大谷本人は二軍の鎌ヶ谷でリハビリに励みながら、「今は(試合を)気にせずにウエートができる。回復したときにどうなるか楽しみです」と前を向いた。

