“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
「あの時は“未来”を確信できなかった」18歳上田綺世の獲得なぜ見送った? Jリーグ鹿島を辞めた「伝説のスカウト」が今明かす“2年後の電撃オファー”真相
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安藤隆人Takahito Ando
photograph byMike Hewitt/Getty Images
posted2026/04/10 11:03
日本代表の絶対的エースに成長した上田綺世(27歳)
椎本が立ち上げに参画したユースアカデミーも急成長を見せ、土居聖真や鈴木優磨、町田浩樹らを輩出。さらに近年ではクラブ最年少ゴールを挙げたFW徳田誉、高校生ながらプロ契約を結んだFW吉田湊海、DF元砂晏翔仁ウデンバといった向こう10年の日本サッカー界を支えるだろうタレントも育ってきた。
鹿島というクラブもJリーグも新しい時代に突入した。スカウトを始めた31年前と比べれば、その役割も変わりつつある。
「ユースと高校、大学と異なるキャリアから同期になって切磋琢磨することで伸びる環境を生み出せる。このポジションにはユースに誰がいる、その選手と比較して高体連の選手を見る。時にはライバルにして、共に伸びていくようにするなど、どちらかではなく、どちらもうまく活用してアントラーズを形成していくことはずっと心がけていた」
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時は流れ、椎本は67歳になった。定年を超えてまで第一線のポジションを与えてくれたアントラーズには感謝の想いしかない。クラブが新しい歴史を切り拓いたシーズンに「勇退」という形でクラブを去る。だが、まだ志半ば。紆余曲折のスカウト人生の中で信念だけは曲げなかった椎本邦一の野望はまだ消えていない。
「ここ2カ月はサッカーのことはあまり考えていなかったけど、徐々にやっぱり俺にはサッカーしかないなと思うようになったんだよ。いますぐどこかに行くことはないけど、情熱が湧いてきたというか、もしまたスカウトとしての活動をするのなら、チームが優勝できるように貢献したいなと。これまでの経験を還元したい。大学サッカーもありだなと思っているよ」
ジーコが鹿島アントラーズというクラブに掲げた『献身・誠実・尊重』のスピリットは、決してピッチだけで表現されるものではない。クラブを支えるスタッフ、声援を送り続けるサポーター、すべての人に染み入る共通言語なのだ。
スカウトとして多くの選手にクラブとの橋をかけてきた椎本の半生を振り返ったとき、理念は人が作るものだと改めて学んだ。そして、その理念は人を強く動かしていくものであることも。〈全3回・完〉

