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「あの時は“未来”を確信できなかった」18歳上田綺世の獲得なぜ見送った? Jリーグ鹿島を辞めた「伝説のスカウト」が今明かす“2年後の電撃オファー”真相
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安藤隆人Takahito Ando
photograph byMike Hewitt/Getty Images
posted2026/04/10 11:03
日本代表の絶対的エースに成長した上田綺世(27歳)
法政大の半年でフィジカルレベルが向上し、シュートスキルもパワーも格段に成長していた。このゴールの残像が椎本の頭から離れなかった。ただ、椎本には「大学生はきちんと卒業するべき」というスカウトとしての流儀があった。すぐに直接的な行動に移すことはなかったが、上田が2年生の春に「サッカー部を退部してJリーグに行く」という噂を耳にして気持ちが揺れ動いた。
「めちゃくちゃ驚いたよ。さらに聞くと『もうすでにいくつかのJクラブの練習に参加している』だって。俺は3年生の終わりか4年生の頭に動き出そうと準備はしていたから、もう俺からしたら『ちょっと待ってくれよ、何も聞いてないぞ』って。胸のざわめきが止まらなかった」
すぐに法政大関係者に連絡を取り、大学には在籍しながらもプロの世界に飛び込むと決めたことを確認した椎本は「サッカー部としても、大学側としても、それで了承しているのならウチも手を挙げさせてくれ」と、即座に正式オファーを出すことを伝えた。独断だった。
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「(当時、強化部長の鈴木)満さんには申し訳なかったけど、俺は喉から手が出るほど欲しかったから、こんなに慌ててオファーを出したのは初めてだったね」
結果を残すストライカーの共通点
鹿島は後から争奪戦に飛び込んだ形だったが、上田自身が下部組織出身で、地元のクラブということで愛着があったこと、さらに椎本の素早い一連の動きが上田の心を動かした。
「シーズン途中からでも受け入れてもらえますか?」
正式オファーから数日後、法政大関係者から一本の電話が入った。椎本は二つ返事で快諾。2019年2月にまず翌々年の加入内定を発表したが、上田の希望もあり、19年7月には大学卒業を待たずして正式加入となった。椎本がすぐに決断できたのは、鹿島にストライカーの系譜があったからに他ならない。
「(柳沢)敦はシンプルにうまい。(興梠)慎三は速くてしなやか。大迫(勇也)のプレーには納得感がある。綺世は意外性の塊。それぞれ魅力は違うけど、でも特出した部分がとてもハイレベル。それでいて、“本物”だということ。俺が思う“本物”はみんな自分に矢印を向けられる選手なんだよ。いま自分が何をしなきゃいけないのか、何が足りないのかをちゃんと分かっている。綺世なんかはすっとぼけた性格で、一見掴みどころがないし、何か伝えても『あ、そうですか』という感じなんだけど、実はちゃんと自分に落とし込める。そして、絶対に何を言われてもへこたれない。それも彼らに共通している点かな」


