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オリンピックPRESSBACK NUMBER
胃がん発覚から10カ月で他界「なぜ弟の徹が…」25歳で亡くなった“伝説のモーグル選手”森徹が滑り切った人生最後のレース「スキーできる状態じゃなかった」
text by

石井宏美Hiromi Ishii
photograph byAFLO
posted2026/02/20 11:01
1997年2月、地元長野県で行われたフリースタイルスキー世界選手権に出場した森徹さん。この年の夏、胃がんが発覚する
空が青く澄みきっていた1998年2月11日、長野五輪フリースタイルモーグル女子決勝。徹さんは男子代表選手らとともにゴール下で、里谷の金メダルの滑りを見守っていた。
手術から5カ月。すでにがんは転移し、抗がん剤などを投与していた。そんな状態の彼が会場に姿を見せたことは奇跡に近いことだった。
どうしても最高の舞台を自分の目に焼き付けたい。そんな思いが自然と足を向かわせた。さらにその後、兄が出場するノルディック複合団体ジャンプも現地で観戦した。そして、敏さんは弟が見守る中、渾身のジャンプを見せたのだった。
人生最後の滑走「痩せた体、ぶかぶかのスキー靴」
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徹さんは病との一進一退の戦いが続くなか、長野五輪が閉幕して間もない1週間後の3月1日には、福島・猪苗代町で行われた全日本モーグル選手権に出場した。コースアウトや転倒が続出する試合展開の中、徹さんは予選で正確なターンの連続とエアトリックを見せ、ゴールへと飛び込んだのだった。
「猪苗代のコースはW杯などでも使用される最大斜度が40度以上ある難コース。スタートを切るだけでも怖いんですよ」
里谷の金メダル祝勝会で病名を告げられていた三浦豪太(リレハンメル五輪、長野五輪モーグル日本代表)は、自身のスタート時間の関係で徹さんの滑りを残念ながら生で見ることはできなかったが、完走したことを聞き、心底驚いたという。
徹さんの体は痩せて筋肉は落ち、スキー靴はぶかぶか。お腹を壊さないよう、朝から食事を抜いて水も飲まなかったが、スタート直前まで何度もトイレに駆け込む。到底スキーができる体調ではなかった。そんな状態で完走できるとは思えなかった。それでも徹さんは見事最後まで滑り切った。完走に喜ぶどころか、どこか納得がいかない様子でレースを振り返っていたという。
「徹は完走に満足するわけでもなく、『あのジャッジはおかしい』とか『もっと点数が出るはずだ』と言っていました。“自分には次がある”という気力で滑った1本だったと思います。負けず嫌いな……やっぱり根っからの“競技者”なんですよ」(敏さん)
激痛や幻覚症状に苦しんだ闘病最後の頃はさすがに弱音を吐いたというが、徹さんは常に明るく振舞った。そんな弟を敏さんは慮る。
「身体がつらいことよりも、徹にとっては何よりも身体が動かないことややりたいことが出来なかったことが本当につらかったと思います」

