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ミラノ五輪 “金メダル大本命”がジャンプ競技で衝撃の「メダル圏外」…優勝候補の「まさかの誤算」と《殊勲の銅メダル》二階堂蓮の「魔法の杖」の正体 

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雨宮圭吾

雨宮圭吾Keigo Amemiya

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photograph by©Tsutomu Kishimoto/JMPA

posted2026/02/10 18:00

ミラノ五輪 “金メダル大本命”がジャンプ競技で衝撃の「メダル圏外」…優勝候補の「まさかの誤算」と《殊勲の銅メダル》二階堂蓮の「魔法の杖」の正体<Number Web> photograph by ©Tsutomu Kishimoto/JMPA

連覇を狙った小林陵侑(左)は8位、今季W杯総合ランキング1位のドメン・プレブツは6位とメダルを逃す波乱があった男子ノーマルヒル

 そして、試合当日には父・学さんが会場にやってきた。学さんは80年代後半から原田雅彦や葛西紀明と日本代表として遠征を回っていた元代表選手。その父の最後の国際大会となったのが、くしくも1991年に今回の五輪と同じプレダッツォで行われた世界選手権のノーマルヒルだった。父が届かなかった五輪、父と同じ舞台で、自分がメダルを獲る。運命めいた物語も二階堂を後押しした。

「絶対に父さんにメダルを見せるぞと…」

「父さんのことは好きじゃない」と照れ隠しのように言うこともあるが、実際のところは違う。高額な旅費を理由に学さんが現地観戦を渋っていると、普段の食事では絶対に父親に会計を譲るような男が、「俺が全部出すから来てほしい」と言って100万円を超える金額をポンと用意した。

「オリンピックでは絶対に父さんにメダルを見せるぞと思ってやってきた。ちゃんと獲れてよかったです」

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 1本目の6位から、勝負のかかる2本目は大ジャンプを見せてガッツポーズ。その時点でトップに躍り出て「もうメダル獲ったっしょ。超えれるもんなら超えてみろ」と確信を持って後続の結果を待った。試合後は「中学生の時以来かもしれない」という父との熱い抱擁。学さんは「もうとうにジャンパーとして私のことは超えてますよ」と目を細めた。

 二階堂は言った。

「よくここまで来れたなと思います。一度はジャンプを辞めようと思ったんで、続けてきてよかった」

 大学を1年で中退し、1年間の浪人期間で身の振り方が決まらなければ引退するつもりだった。そんな時、父を含めた周囲の支えを受けてどうにかジャンパーとしての人生を繋ぐことができた。そんな選手がまたたくまに五輪のメダリストになった。

「最高っすね。オリンピック楽しいです」

 明るくはっちゃけた男子ジャンプの新星。その勢いはまだ収まりそうにない。

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