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箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
「(伝えたのは)箱根駅伝が終わってから」青学大“箱根は補欠予定”だった選手がマラソン挑戦の異例…原晋監督が語った「固定観念を捨てるべき」の意味
text by

酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph byAFLO
posted2026/02/05 06:00
年始の箱根駅伝では当日交代で4区を走った青学大3年の平松享祐。急遽のマラソン挑戦にもかかわらず、2時間11分台で無事に完走して見せた
1区を走る予定だった荒巻朋熙(4年)が胃腸炎と38度の発熱でリタイア。平松に代わって4区を走る予定だった小河原陽琉(2年)が1区に回り、平松はそのまま4区を任されることになったのだ。
選外から一転して晴れ舞台へ。
平松は奮い立った。その結果が区間3位の好走である。3人を抜いて5位に浮上。1区から苦戦した悪循環を断ち切り、直後に山を走った黒田の大逆転劇をお膳立てした。初めての箱根でみせた活躍は「陰のMVP」とも称された。
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走り終えたあと、平松は揺れ動く胸中を明かしていた。
「今年も交代と言われてメンタル的にとても悔しくて……その日は眠れませんでした。でも、急きょ出走することになった。最初は緊張が大きかったですけど、だんだんワクワクする気持ちに変わっていきました。本番は納得のいく走りができたと思います」
もともと走力のあるランナーである。
1万mの自己ベストは28分25秒01で、ハーフマラソンも1時間2分4秒で走る。そんな平松の初陣をだれよりも冷静に、それでいて感慨をこめて見守る人がいた。
原である。
青山学院大がこの12年で9度の箱根駅伝総合優勝という無双を誇り、そしてその源である、原の指導者としての異能ぶりは平松のマラソン挑戦にも表れていた。
マラソン挑戦を伝えたのは「箱根が終わってから」!?
平松はトップクラスのフルマラソンを走ったことがない。ましてや、少なくとも昨年の大晦日までは箱根駅伝でも“補欠扱い”である。そんなランナーが1カ月後、42.195kmに挑んでいるのだ。原は平松にマラソン挑戦を持ちかけたいきさつを明かした。
「(伝えたのは)箱根駅伝が終わってから。箱根駅伝での力を見て、いけるかなと」
平松が箱根の4区を快走したとはいえ、1カ月後に迫る別大マラソンは倍以上の距離である。さすがに性急ではないか……周りが呆気にとられる空気を察したのだろう。
原は間髪入れずに言葉を継いだ。
<次回へつづく>

