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「お前、トレードらしい」新聞で知った〈巨人→近鉄→巨人〉衝撃の“出戻りトレード”舞台裏「3度の戦力外、4球団に移籍」異色右腕・三澤興一のいま
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佐藤春佳Haruka Sato
photograph bySANKEI SHIMBUN
posted2026/01/28 17:01
近鉄から再び古巣・巨人へ“出戻りトレード”が決まり会見する三澤さん
翌2002年には53試合に登板するなどチームに欠かせないリリーフとなった三澤さんに再び驚きの知らせが届いたのは2003年オフのことだ。第一報は、やはり突然だった。秋季練習のために藤井寺球場に向かっていた三澤さんに、チームメートから電話がかかってきた。
「お前、トレードらしい。新聞に出てるぞ!」
11月13日付のスポーツ紙の見出しは「三沢Gターン! 巨人が近鉄とトレード画策」。再び古巣へ、まさかの“出戻りトレード”が両球団間で交渉中という記事だった。
まさか…「出戻りトレード」舞台裏
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「(出戻りトレードは)あまりないことなので、信じられない思いはありましたね。何でだろう? と。ただ同時に、トレードで出ていったのに、まだ必要としてくれる人がいるからこういう話が出ているのかな、というありがたい気持ちもありました」
報道から3週間あまりたった12月5日、両球団から正式にトレードの発表があった。巨人の根市寛貴投手プラス金銭での交換トレードだった。異例のUターンは、2004年シーズンから指揮を取る堀内恒夫新監督の強い意向だった。三澤さんがルーキーだった長嶋政権下で投手コーチを務めていた堀内監督は自身の船出にあたり、タフな中継ぎ右腕を呼び戻したかったのだ。
「堀内さんからも直接そういう言葉をかけていただきました。もう一度巨人のユニフォームを着ることになるとは想像もしていませんでしたが、自分のことを考えてくれている方がいるということ、その思いはありがたかったです。ただ、戻ってきたのに活躍できなかったのはちょっと申し訳なかったですけど……」
2度のトレード、3度の戦力外…それでも
復帰した2004年、三澤さんは怪我の影響もあって15試合登板し3勝。その年の秋に、戦力外通告を受けた。プロ8年目、30歳。野球がやりたいという思いは強かった。
「肩肘が元気で投げられる場があるのなら、僕は現役として続けたいという思いがありました。野球をやりたいという、それだけですかね」


