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金蘭会で春高優勝→早稲田大主将…超バレーエリート・秋重若菜23歳が「ノリで始めた」ビーチバレー人生「その時は…インドアに活かそうという感覚でした」
text by

吉田亜衣Ai Yoshida
photograph byTadashi Hosoda
posted2026/01/23 11:01
ビーチバレー界のニューヒロイン・秋重若菜(23歳)のインタビュー【第1回】
金蘭会高で“春高バレー”の頂点に
小学6年の時に初めて大阪代表として全国大会に出場。この頃から秋重は「全国制覇」という4文字を掲げるようになった。
「勉強机にペンで『全国制覇』と書いていたほど、日本一への憧れがすごくありました。全国を制覇するってかっこいいんやろうなと。金蘭会に行ったら日本一取れるよ。一緒に取らない? と周囲からも言われて。金蘭会へ行こうと直感で決めました」
直感は正しかった。そこから憧れの全国制覇までまっしぐら。中学2年で初制覇、3年で連覇。高校1年で春の高校バレーの舞台で頂点に立った。高校の2つ上には、西川有喜、中川つかさ、曽我啓菜、1つ上には宮部愛芽世、同期には西崎愛菜ら、そうそうたるメンバーとともにコートに立った。
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「金蘭会にいた6年間、中学では人格形成、高校では自分から行動するという自主性に重きを置いていました。とくに中学では、アスリートとして1人の人間として謙虚でいること、挨拶や身の回りの管理をちゃんとして尊敬される人間であってほしいという監督の考えに皆ついていくという感じでした。練習はもちろんきついですけど、自分の痛いところをグサグサと突かれるという厳しさもありました。だから日本一を手にして達成感や喜びよりも、それ以上に今までやってきたことが叶った安心感のほうが上回ったというか。結果よりも夢だった日本一になるまで先輩、後輩みんなと歩んできたプロセスに意味を感じました」
「ノリで始めた」ビーチバレー
だが、高校2年、3年では、秋重率いる金蘭会高は日本一にはなれなかった。
「自分たちは先輩たちに比べたらプレーの質が落ちると言われていて、他のところで補わないといけなかった。チーム全員でどれだけ日本一に向かって毎日をかけられるか、という気持ちが足りなかったし、自分たちに勝った相手はその思いが強かったなって思います。先輩たちがすごく苦労しているのも見てきたし、3年生の時はすごく気持ちの部分で課題を痛感しましたね」
それでも6年のうち、半分は『全国制覇』をつかみ目標を達成した。卒業後は、早稲田大へ進学したいと強く思った。「それも直感。自分が早稲田でプレーしているのが想像できた」と当時を振り返る。
イメージを膨らませる起因となったのは、金蘭会高の2つ上の先輩であり、早稲田大に進んだ中澤恵の存在だった。大好きな先輩の一人である中澤から、秋重はそれまで聞いたこともなかった『ビーチバレー』をやらないかと誘われた。


