高校サッカーPRESSBACK NUMBER

妻が「家族のためとか、やめて!」鹿島戦力外→東南アジア7年→35歳引退から10年「全国の高校と繋がったんです」高校サッカー天才DF金古聖司のいま 

text by

生島洋介

生島洋介Yosuke Ikushima

PROFILE

photograph byKeiji Ishikawa

posted2026/01/18 11:04

妻が「家族のためとか、やめて!」鹿島戦力外→東南アジア7年→35歳引退から10年「全国の高校と繋がったんです」高校サッカー天才DF金古聖司のいま<Number Web> photograph by Keiji Ishikawa

かつて高校サッカーで輝いた逸材DF、金古聖司。45歳の今、何をしているのだろうか

「カリマンタン島にあるんですが、大きな橋が壊れていて、練習場へ行くには船で渡るしかない。船ではみんな短パンTシャツ姿でひまわりの種を食べて、そこで練習着に着替えるんです。でもスタジアムでは発煙筒が焚かれ、ときにはファン同士が殴り合ったり、とにかく熱狂的です」

 金満オーナーの元、最終ラインの中央には元カメルーン代表のピエール・ヌジャンカとインドネシア代表選手が並び、金古に求められた役割はサイドバックだった。

「『やれるよ』って言って、(鹿島時代チームメートだった)内田篤人の動画をたくさん見てましたね。そのうちヌジャンカと監督が揉めて、自分がセンターバックになりましたけど」

ADVERTISEMENT

 最後にプレーしたミャンマーでは、自身の人生観を揺さぶられる経験もした。国境なき医師団が運営する孤児院の子どもたちを試合に招待したとき、外出機会もない過酷な境遇にありながら「お医者さんになりたい」と目を輝かせて夢を語る彼らの姿に胸を打たれた。

「1年間やって、子どもたちが本当に喜んでくれた。彼らを見て、誰かのためにやるってすごくいいなと。充実感を教わった気がしました」

直面した移籍ビジネスの裏側、妻から涙の電話

 一方で、移籍ビジネスの裏側も見てきた。エージェントとクラブが結託して二重の契約書を作るなど、日本では考えられない目にもあった。また、東南アジア生活のほとんどを共にした家族には、苦労もかけた。

「タイでは国内で離れて暮らしていたので、奥さんが泣いて電話してきたこともありました。おかげで子どもたちは外国語も使えるし、たくましく育ってくれましたね」

 東南アジア4カ国で3つのリーグタイトルを掴んだ。助っ人としてチームを牽引して得た栄冠は、鹿島時代とは違う格別な味だった。また、東南アジアへの移籍当初に決意した欧州挑戦も果たしていた。条件面で折り合わなかったものの、練習参加したドイツの3部クラブでは監督から獲得の意思を示された。

「骨が変形しはじめちゃって」35歳の引退

 35歳、ミャンマーでリーグ制覇を果たしたその年、金古は引退を決意した。

【次ページ】 元世代別代表主力のキャリアをサポートしたことも

BACK 1 2 3 4 NEXT
#金古聖司
#東福岡高校
#志波芳則
#鹿島アントラーズ
#タンピネス・ローバーズFC
#ミトラ・クカール
#本庄第一高校
#坂井大将

高校サッカーの前後の記事

ページトップ