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「高3がもったいなかった」世代別日本代表+選手権連覇直後の全治8〜10カ月「1つ悪かったのは…」超高校級DFが泣いた大ケガと“28歳の戦力外”
posted2026/01/18 11:03
2004年ナビスコカップ、鹿島の金古聖司は当時ヴィッセル神戸のカズとマッチアップする
text by

生島洋介Yosuke Ikushima
photograph by
J.LEAGUE
全国高校サッカー選手権連覇とDFにして得点王、世代別代表に名を連ねた逸材・金古聖司さん(45歳)が当時と今の秘話を語ってくれました。〈NumberWebインタビュー全4回/第3回〉
選手権連覇なのに「高3が一番もったいなかった」ワケ
1999年1月、東福岡は再び国立で高校サッカーの頂点に立った。前年の選手権で得点王に輝いたストッパーは、最終学年でも圧倒的な存在感を放ち、チームを史上5校目となる選手権連覇へと導いたのだ。
だが、金古が当時を振り返って口にしたのは、達成感とは程遠い言葉だった。
「高3の1年間が、一番もったいなかった。自分が伸びる幅が少なかったというか、どこか“ぬるま湯”に浸かっていた感覚があるんです」
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その真意は、充実した日々に潜んでいた「停滞」への焦りだった。
始まりは、まさかの敗戦だった。三冠を達成してすぐ、新チームのキャプテンを任された金古は、新人戦の地区大会に臨んだ。だが、その予選リーグ2戦目であっさりと敗れ、前年度から続く公式戦の無敗記録を途切れさせてしまった。
激しい雨のなかでの試合だった。
「水たまりでボールが弾まず、僕が空振りしてしまって。目の前でボールを持っていかれて決められました」
責任を感じて落ち込む金古に、志波芳則監督がかけた言葉は意外なものだった。
「志波先生が『これで記者さんたちが少なくなるよ。よかったな』と言ってくれたんです。あの言葉には本当に救われました」
「超高校級」DFゆえに…代表を含めて超過密日程
無敗の呪縛から解き放たれたチームは、そのまま九州大会に勝ち上がってこれを制覇し、結果的には幸先の良いスタートを切った。
一方で、金古の肉体は、東福岡での連戦と代表活動によって確実に削られていた。

