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「日本から大相撲がなくなってしまうのでは…」危機感から始まった白鵬杯…15年の歴史に詰まった大横綱・白鵬の情熱「いずれ相撲をオリンピック競技に」
posted2026/01/21 11:00
text by

佐藤祥子Shoko Sato
photograph by
Nanae Suzuki
日本相撲協会を電撃退職した元横綱の白鵬翔氏が、約半年ぶりにメディアに囲まれ、スポットライトを浴びていた。昨年12月、日本財団主催の「HEROs AWARD 2025」の表彰式でのことだ。アスリートの社会貢献活動を推進し、顕著な活躍を見せた各界のアスリートや団体に贈られる、栄えある賞だ。白鵬氏の堂々とした黒紋付袴姿は往時と変わらず、受賞の栄誉を噛みしめていたようだった。
このたびの受賞は、「『相撲が持つ世界平和の精神を、子どもたちに残したい』。少年相撲の世界大会、白鵬杯」との理念のもと、「国際親善・交流の促進、青少年の健全な育成と夢の提供」に取り組む功績が認められたものだ。
「白鵬杯」のきっかけは危機感
少年相撲の大会「白鵬杯」を始めたきっかけは、現役横綱として優勝回数を重ね、脂の乗っていた2010年のことだった。
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「15年前に遡りますが、大相撲界で大きな問題があり、当時、本場所の観客席がガラガラだったり、巡業人気もありませんでした。このままでは国技と言われる大相撲がなくなってしまうのではないか、子どもたちが相撲から離れてしまうのではないか――と危機感を持ったんです」
人気回復のため、まずは現役の横綱として、土俵上でファンに魅せる相撲を取るのは当然のこと。さらに大相撲界の未来のためにも行動を起こした。
「今こそ、子どもたちから‶土台”を作っていこう、と白鵬杯を構想しました。3回大会くらいまでは誰も応援してくれず(笑)、自分が勝って頂いた懸賞金で大会費用を賄っていたものです」
「横綱時代から白鵬杯に懸ける情熱がすごかった」
当初は開催場所を探すことから難儀したという。最初の2回は大阪の堺市で、3回大会は有明コロシアムで。4回目の大会からは相撲少年の憧れである両国国技館での開催が実現する。
「北海道から南は沖縄まで、サポートしてくれる方がどんどん増えていったんです」と白鵬氏は言うが、誰もが参加しやすいよう、地方や離島からの引率者や出場者の交通費・宿泊費の補助、昼食の弁当代負担など手厚くカバーした。まさに手弁当で回を重ねるなか、協賛企業や後援企業も増えていく。事務局として運営に携わってきた永井明慶氏は言う。

