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バレーボールPRESSBACK NUMBER
春高バレー直前の訃報「先生いるかな…つい教官室を見ちゃう」故・畑野監督と目指した“高校3冠”、重圧を乗り越えた鎮西高校の1カ月
text by

田中夕子Yuko Tanaka
photograph byHiroyuki Nakamura
posted2026/01/14 11:00
春高バレー優勝候補と目されたが、準々決勝敗退となった鎮西高校。2年生エースの一ノ瀬漣は試合後に涙を流した
鎮西は一足先に春高の会場となる東京体育館で躍動していた。昨年12月の天皇杯に九州ブロック代表として出場し、Vリーグ西地区首位のヴィアティン三重に勝利した。3回戦でSVリーグの日本製鉄堺ブレイザーズに敗れはしたが、外国籍選手が揃うベストメンバーの相手に対しても引けを取らない攻撃力とチームの完成度は、多くの人たちに衝撃を与えた。
その翌週、熊本・鎮西高校の体育館を訪れた。10代の少年たちならば浮き足だってもおかしくない環境でも、選手たちはいつも通り、トレーニングから始まりスパイクやブロック、基本に重きを置いた練習を変わらず行っていた。
フロアには、畑野監督が練習中にいつも座っていたパイプ椅子が置かれていた。体育館が見渡せる教官室の椅子と机もそのまま。畑野監督が書き込んだ「天皇杯」の文字や中学生の来訪、練習試合の予定が書かれたカレンダーを見ると、現実を突きつけられる。
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別れは、突然だった。
亡くなる前日、春高を前に福岡大学との練習試合が組まれていた。福岡大にはOBも多く、昨年度のチームでマネージャーながら主将を務め、畑野監督から「責任者」というポジションを与えられていた香本夏輝もいた。大学ではセッターとしてコートに立つ姿を畑野監督が笑顔で見ていた、と現チームの主将・福田空が明かす。
「先生、すごい嬉しそうでニコニコしてたんです。夏輝さんのこと、本当に大好きなんだなあ、って。(訃報は)驚きしかなかったし、受け入れられない。2日間ぐらいは練習に身が入りませんでした」


