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「本当に弟みたいな存在だった…」青学大OB田中悠登が一人100キロマラソンに挑んだ理由「夜空から(皆渡)星七も見てくれている、と思って」 

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佐藤俊

佐藤俊Shun Sato

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photograph byKiichi Matsumoto

posted2026/01/08 11:03

「本当に弟みたいな存在だった…」青学大OB田中悠登が一人100キロマラソンに挑んだ理由「夜空から(皆渡)星七も見てくれている、と思って」<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

2025年にわずか21歳で世を去った青学大の皆渡星七さんと田中悠登さんは仲が良かった。田中さんが皆渡さんの思い出のために開催する企画とは

 沿道では応援してくれたり、差し入れをしてくれたりする人もいた。多くの人に支えられながらゴールした時には、駅伝の興奮した状態でのゴールとは異なり、全身が疲労しきっていた。達成感もあったが、100キロは気持ちがないと乗り切れないなと感じた。

皆渡さんからのビデオメッセージ

 そこから晴れて田中さんは「ななつぼしマラソン」の開催に向けて動き出したわけだが、話を聞いていて感じたのは皆渡さんとの友情であり、陸上部の先輩後輩を超えた深い信頼関係だ。

「星七は、本当に弟みたいな存在でした。星七が亡くなる1カ月くらい前、ビデオメッセージを撮っていてくれたんです。そこで、田中さんに初めて会った時ひとめぼれした、この人となら仲良くなれるみたいなことを言ってくれていて。

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 実際その通りになって、大学の学部もゼミも同じだし、練習の各自ジョグも常に一緒に走っていました。毎晩、お風呂に入るタイミングも同じで、湯舟につかりながら今日の練習を振り返りつつ、将来の夢を語り合いました。休みの日は、よく一緒に遊びにも行っていました」

 そこまで仲良くなれたのは、何かお互いに感じる部分があったのだろうか。

「お互いにだいぶ変わっている感はありました(笑)。普通に生きるのが嫌なタイプだったので、将来一緒に会社やりたいなとか、一緒に世界一周旅行をしたいな、とか。とにかく気が合うので、なんでも話ができて、気を許せる後輩でした。それだけに、病気が分かって3カ月でいなくなってしまったのを、まったく受け入れることができませんでした」

しんみりする大会にはしたくない

 ななつぼしマラソンの開催場所である服部緑地は、皆渡さんが小さいころからよく走っていた場所だ。

「しんみりする大会にしたくないので、ワクワクして、盛り上がり、参加してくれた人が明日も頑張ろうとか、何か夢を見つけられるキッカケになる大会にできたらと思っています。星七のためにも絶対に成功させたいですね」

 大会当日は特別にMCが入り、田中さんは大会を成功させるために運営に徹する。箱根3連覇を達成した青学大の4年生、黒田、塩出らも参加予定だ。トラック、ロード、リレーマラソンとさまざまな競技があるので、休む暇もないだろう。皆渡さんが歩んだ道を田中さんは走り回り、彼の夢をこれからも紡いでいく——。

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青学大前キャプテン「一番の夢は箱根を実況すること」箱根駅伝優勝→地方局アナになったわけ「ニュースを読むのは陸上より緊張をごまかしづらい」
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