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「本当に弟みたいな存在だった…」青学大OB田中悠登が一人100キロマラソンに挑んだ理由「夜空から(皆渡)星七も見てくれている、と思って」
text by

佐藤俊Shun Sato
photograph byKiichi Matsumoto
posted2026/01/08 11:03
2025年にわずか21歳で世を去った青学大の皆渡星七さんと田中悠登さんは仲が良かった。田中さんが皆渡さんの思い出のために開催する企画とは
「勝つと思います」
田中さんは、迷うことなく、そういった。また、信じている、とも。
100点満点の予想的中
2日は、現地で応援した。青学大は5区の黒田の驚異的な走りで中央大、早稲田大を逆転し、往路優勝を果たした。Xに「震えた。ゴールしてからずっと放心状態。最強で最高のキャプテン、黒田朝日!」と投稿し、黒田を賞賛した。
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3日は文化放送でゲスト解説を担当し、遊行寺では実況解説も。8区の塩出翔太(4年)の区間新の走りを語り、母校の優勝を見守った。
田中さんの予想は見事的中し、100点満点だった。
一人で100キロウルトラマラソンを走った理由
箱根が終わった後、2月21日、田中さんは、大阪に向かう。
豊中市で「ななつぼしマラソン」というレースを開催するためだ。これは、2025年2月、21歳の若さで悪性リンパ腫により逝去した青学大の後輩、皆渡星七さんのために田中さんが考案したレースだ。このマラソンを実施するか否かを決めるために、田中さんは昨年9月、一人で福井県縦断100キロというウルトラマラソンを走った。
「2月に後輩の星七が亡くなったんですが、僕が社会人として生活していく中で、やっぱり学生時代と比べると怠けているところがあったんです。その時、星七から、『たなさん、そんなんでいいんですか』と言われているような気がしたんです。
星七が亡くなってから彼の想いとか夢を引き継いで、ななつぼしマラソンをやりたいと思っていたので、それに紐付けして100キロマラソンを完走したら開催する、完走できなかったら諦める、というのを自分の中で決めて走り出しました」
100キロのウルトラマラソンは、小浜からスタートし、敦賀、鯖江を経て、福井駅までのコース。サポートは両親にお願いをして、車で伴走してくれることになった。
9月1日、夕方の4時にスタートしたが、まだ夏の蒸し暑さが残り、最初から消耗戦になった。夜通し走り、山間部では鹿や猪が出るので車のライトを照らし、クラクションを鳴らしてもらって進んだ。
「60キロぐらいの時が一番つらかったです。暑さで内臓がやられて、吐き気があって止まってしまいました。山道で休んでいたんですが、ふと空を見上げたら星がめちゃくちゃキレイで。その時、星七のことを思い出したんです。星七も見てくれているし、ななつぼしマラソンをやるためにも何が何でもやり切ろうと思い、そこからまたゆっくり走り出すことができました」

