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「井上尚弥とのスパーリング、断る選手も…」「それが正解です」渡邉卓也はなぜ“逃げなかった”のか? 吐露した悔しさ「今、めっちゃ練習してえなあ」
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森合正範Masanori Moriai
photograph byHiroaki Finito Yamaguchi
posted2025/12/27 11:37
2016年12月31日、渡邉卓也は伊藤雅雪とのOPBF・WBOアジア太平洋スーパーフェザー級王座統一戦に臨んだものの、判定で敗れた
器用な人間ならば、それらしい言葉を並べ、井上とのスパーリングを回避するかもしれない。そのほうが己のボクシングを崩さず、怪我の恐れもなく、次の試合の対策に集中できる。自信を失うこともないだろう。
渡邉は明らかに力を込め、感情をのせてこう言った。
「絶対、逃げたとか思われたくねえし、絶対逃げたくない、っていうのはありますよね」
吐露した悔しさ「今、めっちゃ練習してえなあ」
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――選手生命を考えたら、左肘を痛めた後、試合を延期や中止にすることもできたのではないですか。
「自分の中でどこが痛いからとか、怪我したら試合がなくなるとか、そういう考えは一度もなかった。それって、プロとして絶対にやっちゃいけないことだなって思っています」
スパーリングも試合も断らない。与えられたことは必ずやり遂げる。それがプロボクサー渡邉の美学でもあった。
――井上選手とのスパーを経て、技術面、精神面での成長というのはどうでしたか。
「あっ、でも本当に自分の成長もそうですし、有吉さんがこういうディフェンスもあるぞと、防御をいろいろ教えてくれた。いろんな相手に対応できるようになりましたね」
そう答えた後、渡邉はしばらく黙り込んだ。10秒、15秒と沈黙が流れる。何かを思い出しているかのようだった。
「ただ、崩しにはいけていないんで……」
またも黙り込む。先ほどよりも長く沈黙が続いた。何かを悟ったようだった。
「そういう強いヤツと……今ちょっと話しながら自分を振り返っている中で、だから俺……大事なところで勝てねえんだな、とか、いろいろ気づいちゃって……」
言葉を詰まらせ、三たび黙り込んだ。
――大事なところで勝てないというのは?
「タイトルいっぱいやっているけど、負けちゃっているんで。相手を崩す攻撃とか、もっと引き出しを多くしないといけない。俺、そういうところっすよね……」
ディフェンスは徹底的に学んできた。どんな強い相手にも、井上の攻撃に対しても、ガードで凌いできた。だが、防御から転じて相手を崩す、攻めるところまでは至らなかった。
「井上尚弥相手に、やれていない、というのが……。いやあ、悔しい。本当に悔しい。今思い出してさらに悔しくなってますもん。ああ、俺、今、めっちゃ練習してえなあ」
9年前のスパーリングを思い出し、ファミレスで叫ぶようにそう言った。

