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原晋監督と妻が“初めて出会った日”「胸に赤いバラを挿しておくから」電話口での冗談…青学大を“箱根駅伝の常勝軍団”に育てた夫婦の結婚秘話
posted2026/01/03 06:02
青学大の原晋監督と、妻で寮母の美穂さん
text by

原美穂Miho Hara
photograph by
JIJI PRESS
原晋監督、そして学生たちを支えるのが、寮母を務める原美穂さんだ。寮母という立場から青学の強さの秘密を解き明かす、原美穂さん著『フツーの主婦が、弱かった青山学院大学陸上競技部の寮母になって箱根駅伝で常連校になるまでを支えた39の言葉』(アスコム刊)から、「原監督と出会った日」に関する章を抜粋して紹介します(全3回の最終回/第1回、第2回も公開中)。
タイミングは、合ったときが一番のタイミングなのです。
◆◆◆
入社して3年で証券会社を辞めたあと、わたしはちょこちょこと仕事をし、友だちと遊びながら、お見合いをするという日々を過ごしていました。母親が熱心にお見合いの話を次から次へと持ってきていたからです。
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母が最初にお見合いの話を持ってきたのは、わたしが大学生のときでした。そのころはまったく乗り気でなかったわたしですが、25歳で証券会社を辞めると、母のお見合い熱にいっそう拍車がかかりました。友だちと遊んで帰ってくると「次の日曜の午後は空けておいて」と言われます。自動的にお見合いがセットされているのです。それには絶対に従わなくてはなりません。わたしは、会社を辞めた手前、断り切れなくなっていました。
結局、何人とお見合いをしたのか数えきれません。両親はわたしに、広島県内で暮らしてほしがっていたので、県外に転勤する可能性のない人ばかりを探してきます。みんな、真面目そうで、やさしそうで、わたしが何かわがままを言っても笑って許してくれそうな人ばかりです。
ただ、なかなか、おつき合いして結婚して、そして生活を共にしていくんだなとイメージできる人とは巡り会えませんでした。わたしの中に、まだまだ結婚する気持ちがなかったのかもしれません。
留守番中にかかってきた“1本の電話”
家にいるとお見合いのことばかり言われるので、一人暮らしをしている女友だちのところへ押しかけて、そこで過ごすことが増えてきました。彼女には恋人がいたので、彼女がデートで出かけるときに、わたしが留守番をすることになります。その日、彼女の部屋の電話が鳴ったときも、わたしはひとりでいました。
音に驚いてつい受話器を取ると、知らない男の人の声がしました。彼女の名前を挙げて「いないの?」と聞いてきます。正直に留守番をしていると伝えると、その後は他愛もない話になりました。その他愛のない話が、思いの外、弾んだのです。向こうも退屈していたのでしょう。映画の話になりました。今思うと、その男性は彼女を映画に誘いたかったのかもしれませんが、最終的にはその人とわたしとで、映画に行く約束をしていました。
