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「私たち…駅伝、出られるの?」からの出発…“長距離部員は3人だけ”地方の公立校がなぜ全国高校駅伝の女王に? 18年前「長野東の奇跡」を振り返る
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別府響Hibiki Beppu
photograph byJIJI PRESS
posted2025/12/21 06:01
昨年の全国高校駅伝で2度目の全国制覇を果たした長野東高校。いまでは駅伝女王となった「普通の公立校」の黎明期とは?
小田切という県下のトップランナーが「無名の県立高」への進学を検討しているという話を聞いて心を動かされたのが、当時県下で小田切と競っていた有力ランナーの西澤千春・美春の双子の姉妹だった。
こちらも親戚づてに「玉城先生赴任」の話は耳にしていた。だが、2人ももちろんその手腕を詳しく知るわけではない。しかも姉妹の自宅は小田切とは異なり長野東まで地理的に距離も遠く、入学となれば下宿は避けられない。普通に考えれば第一の選択肢になりにくくもあった。妹の美春が振り返る。
「もともと中学が結構、駅伝に力を入れていた学校だったんです。そんな中で、当時は全中駅伝に出られなかった悔しさがあって。とにかく『高校では全国高校駅伝に出たい』という気持ちがすごく強かった。
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もちろん長野東より近いところに県内では強豪と言われている私学もあったんですけど、もし亜希が来て、自分たち2人が入れば少なくとも3人はそれなりに走れる選手が揃うことになる。しかも亜希は当時から実力でも人間的にも慕われている選手だったので、たぶん翌年以降は後輩たちも入ってくるだろうな……という朧げな予感があったんです」
実はこの頃、長野県内の高校女子駅伝のレベルはお世辞にも高いとは言えず、全国高校駅伝でも最下位付近を走るのが常だった。そんな中で県下の有力選手が3人も入学すれば、いきおい全国大会に出られる可能性は高まる。
そんな打算に加えて、もともと強い高校よりもまったく実績もない学校でゼロから全国大会を目指すというのは、ドラマ的でもあり単純に楽しそうだった。
「最後は亜希とも電話で話して、『2人が来てくれるなら自分も嬉しいし、一緒に頑張ろうよ』というような話をされて。それで受験を決断したような記憶があります」
そんな経緯を経て、3人はまだ見ぬ指導者が教える「実績ゼロの公立校」へ進学を決めたのである。
最初の仕事は「部室のペンキ塗り」!?
その一方で、少々面食らったのが当事者の玉城だった。
前任校で実績があったとはいえ、5年ちかく現場の指導からは離れている。しかも新たな赴任先は、特に陸上競技が強いワケでもない普通の公立校だ。当然、表立った勧誘活動などもない。実際、玉城が顧問になって赴いた直後、陸上部員は男子3人、女子1人の4人だけ。最初の仕事は朽ち果てた部室のペンキ塗りだった。
「別に指導欲も全然、あったわけではなくて。俺が全国大会に連れて行くんだ……なんて思いもさらさらなかった。そもそも公立高校の教員でしたから、私立の強豪校で監督をやるのとは違って『何年以内に結果を出してください』なんてこともなかったですしね」

