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「何やってんだ、貴様!」名伯楽が激怒のワケは? 25年前の箱根駅伝…“紫紺対決”最終盤で起きた超異例「2度の首位交代劇」ウラ話《箱根駅伝playback》
posted2026/01/03 11:01
復路の最終盤までもつれた2001年の箱根路。9区を走った駒大・高橋正仁と順大・高橋謙介のマッチレースはまさかの展開に…
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
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JMPA
無謀に思えた。
駒澤大学の高橋正仁は、襷を受けとると鬼神のごとき表情で、まるでラストスパートのような激走を見せた。
「最初の方は下り坂が続くので、行けるところまで突っ込んでやろうと思っていました」
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自滅行為にも映ったが「自分ではそんなに速いとは思っていなかったんですよ」とさらり。「それに、つぶれても無名の選手なので、誰も気にしないと思って」
駒大9区の正仁が戸塚中継所で8区の武井拓麻から襷をつかみとった時、トップを走る順大がスタートしてから28秒が経過していた。前を行くのは順大の主将、4年生の高橋謙介。日本中から陸上エリートが集結する順大にあって、2年から9区の区間記録を塗り替える走りを見せ、チームを優勝に導いた人物だった。
「謙介さんは当時、学生の中ではトップのレベル。自分より絶対上だと思っていた」
だが、そう認めつつも、正仁は気後れするどころか、「気持ちで引いたら追えなくなる」とむしろ闘志をかき立てられていた。
正仁は、最初の1kmを2分30秒で通過する。「正仁は突っ込めるタイプ」と信頼していた大八木監督も、このペースには流石にたまげた。
「一か八か、勝負に出たんでしょうけど、え? そのペースで行くわけ? って」
大八木は、手の空いている選手に「正仁は途中で倒れるかもしれない」と声をかけ、できる限り沿道に応援に行かせた。
駒大と順大がマッチレース…「紫紺対決」の時代
振り返る必要などない——。
一方の逃げる高橋謙介は、そんな風に考えていたという。果たしてその理由とは何だったのか。そして勝負の結末は果たしてどうなったのか――その全貌は本編で明らかになる。
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この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
