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あの“春高ヒロイン”がまさかのビーチ挑戦「水着や自分の体型…日焼けも気にしていなかった」元共栄学園高・菊地真結24歳が明かす「“のあまゆ”結成秘話」
text by

吉田亜衣Ai Yoshida
photograph byAsami Enomoto
posted2026/01/10 11:01
春高ヒロイン→ビーチバレーで活躍する菊地真結のインタビュー(第1回)
「春の高校バレー」でも躍動
ちょうど同じ時期に菊地は、再び主力メンバーの座を取り戻した。まさにいま日本で潮流になりつつあるトップクラスの「二刀流」プレーヤーの最先端を走っていたことになる。行き来することで大変なことはなかったのだろうか。
「二刀流という意識は当時なかったですし、掛け持ちしていて大変だなと思ったことはなかったです。逆に、両方行き来することで新鮮でした。前日までビーチの大会に出ていて次の日、関東に戻って大会に出たり。インドアではずっとセッターをやっていたので、私が頑張んなきゃ負けちゃうみたいな、そういうプレッシャーがありました。だけど、ビーチに行くことによって少し気持ちが楽になって、プレッシャーから解放された部分もあったんです」
菊地は二刀流が功を奏し、「結果的にそれがうまくいった」と振り返る。むしろデメリットはこれっぽっちもなかったと。
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「インドアはチームで動くけれど、ビーチは2人きりだから自由度が高いという点も魅力的でした。技術的な部分では、ビーチをやってインドアに戻った時、すべてのプレーが少し簡単に思える。ジャンプも普段より高く飛べましたね。3日ぐらいですぐ戻っちゃうんですけど(笑)」
菊地は2020年1月に開催された「春の高校バレー」でも躍動。プレーヤーとして結果3位に輝き、バレーとビーチ両方を通じて日本トップクラスということを全国に知らしめた。
ビーチバレーで大きくなっていった“のあまゆの存在感”
そして高校卒業後、菊地は衣笠とともに明海大に入学。大学4年間でも「二刀流」を突き詰める選択をした。
明海大は当時関東大学6部に在籍(現在1部)。共栄学園高バレーボール部監督を退任した太田豊彦氏が監督に就任していた。恩師のもとで菊地と衣笠は高校時代と同じように夏はビーチ、冬はバレーに取り組み、大学3年時にはビーチインカレで準優勝に上り詰め、ジャパンツアーにも初めて出場。日本代表として世界大学選手権にも参戦した。
すでにビーチバレー界でも将来を有望視される存在になっていった『のあまゆ』に、いつだったかこんな質問をしたことがあった。
「大学卒業後はバレーとビーチ、どちらに進みたいと思っていますか?」
菊地は「バレーボール」、衣笠は「ビーチバレー」と答えた。
しかしその1年後、菊地が向かっていた先は、ビーチバレーの世界だった。〈つづく〉
(撮影=榎本麻美)


