- #1
- #2
プロ野球PRESSBACK NUMBER
「ぼく、監督に嫌われてますよね?」落合博満が谷繁元信を“懲罰交代”した日…中日コーチ・森繁和が目撃した「立浪和義もスタメンから外された」理由
text by

森繁和Shigekazu Mori
photograph byJIJI PRESS
posted2025/11/28 11:00
落合政権3年目、2006年シーズンのウラ話。谷繁元信に森繁和がかけた言葉とは
立浪からサードの定位置を奪うことを期待されていた森野は開幕前に骨折してしまい、開幕してしばらくは立浪がサードを守った。5月に森野が戻ってきたときは怪我の荒木に代わってしばらくはセカンドを守ったりもしていたが、荒木の復帰以降、サードを守るようになった。森野がサードのポジションをついに奪ったのだ。
「チームの顔」立浪もスタメン外に
7月初めに立浪がスタメンを外されて森野がサードで使われたときは、監督から何の説明もなかったことに苛立っていたようだった。私がこのときヘッドコーチだったら立浪を呼んで何かしら話していたとは思う。でもまだバッテリーチーフコーチ。私が立浪に話をするのもおかしなことになってしまうので静観した。その役割を担うべきヘッドコーチもチームにはいなかった。しかし、1年ぐらい前から森野を鍛えまくっていたことは立浪も見ていたはずだ。立浪はそこで何かを感じないといけなかった。立浪をスタメンから外したことは、谷繁を外したときもそうだが、チームの顔である選手といえど実力が足らないと思ったらこうするよという、チームに向けての落合さん流のメッセージでもあった。
立浪にしてみたらそれは面白くないだろう。その気持ちも分かる。だけど自分に代わって試合に出ている選手が活躍して、それでチームも勝っていけば不貞腐れたり、シュンとしてるわけにはいかなくなる。バッティングは衰えていないのだから、チームとしては今度はここ一番での代打の切り札としての役割を期待するようになる。それで結果が出ればまた大事な場面で起用される。そうやって立浪は最後の3年間は主に代打の切り札としてチームに貢献してくれた。現役最後の2年間は選手兼任コーチにもなった。
ADVERTISEMENT
この頃に白井オーナーから「立浪をゆくゆくは監督にする」ということを匂わせる話をちらっと聞いたことがあった。そういうこともあって落合さんもまずは立浪を兼任コーチにして、引退したら専任コーチとして経験を積ませるという考えがあったと思う。この話は章を改めてしよう。
〈つづく〉
『回想 ドラゴンズでの14年間のすべてを知る男』(カンゼン)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします
