「私、引っ張ります」「えっ、いいの？」世界陸上前夜に山本有真が田中希実にかけた言葉のワケ「自己犠牲で買って出たわけじゃないんです」 

「明日、一緒の組ですね。よろしくお願いします。もし、このペースで行きたいというのがあれば言ってください。私、引っ張ります。今まで引っ張ってもらっていたので」

「えっ、いいの？」

　田中は、戸惑った表情を見せつつも「えっ、いいの？　ありがとう、そう言ってくれるなら」と言葉を返した。それから二人は食事をしながら、レースプランを練った。1周400mの設定ペースは、72秒。このスピードで5000mを行けば、予想タイムは15分ジャストになり、パリ五輪の予選通過タイムの最後尾である15分02秒を超えられる。

　田中からは、「パリの時みたいにスローになってのラストだと厳しいので、そのペースで6周半までレースを作ってほしい」と言われた。

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　以前から田中は、スローレースになって、ラスト1周のスパート勝負になったら海外勢に勝てないと言っていた。スタートからハイスピードでレースを進めて、ロングスパートで勝負するのが、唯一世界で勝てる手段だと考えていたのだ。

「日本では、ラストスパートで勝てるんです。でも、世界ではスローペースで行って、最後のスプリント勝負になると歯が立たないんです。私も田中さんと同じように、世界で勝つにはハイペースで進め、後半にパッとスピードを上げて差をつけてから、ラスト1周を戦うしかないかなと思っていました」

　田中とは、もし万が一、誰かが前に出て、いいペースで引っ張ってくれた時のことなど、起こり得るいくつかの事象についても確認をした。

田中とは前日の夜に打ち合わせた　©Kiichi Matsumoto

なぜサポート役を買って出た？

　だが、なぜ、山本はあえてペーサーを買って出たのか。

　世界陸上は誰もが簡単に出られる大会ではない。ましてや東京で開催される世陸は貴重で、日本の陸上選手にとっては夢の舞台でもあるのだ。その大舞台で、自分の結果を求めるよりも他人をサポートして走ることを決意したのは、どんな理由からなのだろうか。

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