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「私、引っ張ります」「えっ、いいの?」世界陸上前夜に山本有真が田中希実にかけた言葉のワケ「自己犠牲で買って出たわけじゃないんです」
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佐藤俊Shun Sato
photograph byKiichi Matsumoto
posted2025/11/13 06:03
東京世界陸上、女子5000m予選の前夜、田中希実と同組で走るとわかった山本有真が田中にかけた言葉とは? 本人が真意を明かした
同じ頃、チーム合宿が始まり、山本も参加した。がんばり切れないなかでの参加だったが、それでもチームの選手が必死に走っている姿を見て、再び走り始めた。だが、8月に入ると、山本に世陸出場の可能性があることが伝えられた。最終的な選考結果が公表されたのは、9月2日だった。
出場決定に「申し訳ないな」
「急に世陸にいけるようになって、準備することになったんですが、さすがにちょっと選考が遅いなって思いましたね。出られるかどうか分からない、7月からの2カ月間は、どの選手もけっこうしんどかったと思います」
選ばれた嬉しさはあったが、一方で山本は落選した選手を思いやった。
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「本来なら、日本選手権3位の水本佳菜ちゃんが選ばれる感じでした。最終的に逆転して私が代表になったのですが、佳菜ちゃんは本気で世陸を狙っていたので、すごくつらいだろうな、申し訳ないなと思いました。それから、ようやく世陸の1週間前かな。佳菜ちゃんの分まで走らなきゃという気持ちになれたんです」
監督からは、ブダペスト、パリよりもいいタイムで走ろうとしか言われなかった。もし日本選手権で代表内定を決めていれば、レースまで準備期間が2カ月あった。それなら、14分台を目指したかもしれない。
だが、一度世陸が遠のき、練習を十分に積めていなかった。そのため、目標がなかなか定まらなかったのだ。それでもレースの数日前には、水本のためにも自分自身のためにも「自己ベストを出してやろう」と思うようになった。
偶然会った田中希実に……
世界陸上東京大会の決戦前夜、山本は田中と同じ組で走ることが分かった。
予選の組分けはレース前日まで公表されないので、その時までどんな選手と走るのか分からない。だが、田中と同じ組ということで、どこかホッとした気持ちがあった。これまで山本が自己ベストを出した金栗記念とセイコーは、いずれも前に田中がいたのだ。
夕食の際、偶然、田中と会った。
その時、山本はひらめいたように声を掛けた。

