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「考え方ってひとつじゃない」ドラフト7位でプロ入り→10年目で最多安打のタイトル…ある遅咲き選手の“気づき”とは? 本人が明かす「下剋上のワケ」

posted2025/11/02 17:04

 
「考え方ってひとつじゃない」ドラフト7位でプロ入り→10年目で最多安打のタイトル…ある遅咲き選手の“気づき”とは? 本人が明かす「下剋上のワケ」<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

ドラフト7位でのプロ入り当初から守備での評価は高かった楽天の村林一輝。加えて近年は打力の向上も著しい

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田口元義

田口元義Genki Taguchi

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Nanae Suzuki

 高校時代は甲子園出場経験のない無名校に通い、ドラフトでも支配下ギリギリの7位で入団した男が、10年目の今季ついに最多安打のタイトルに輝いた。昨年以降、侍ジャパンにも選出されるまでに躍進を果たした楽天・村林一輝はなぜプロで覚醒することができたのだろうか?《NumberWebインタビュー全2回の2回目/最初から読む》

村林がタイトルを獲得するまでの「三段階」

 村林の「10年目の成熟」までの道のりは、大きく三段階に分けられる。

 第一段階は若手時代の鍛錬だ。

 プロになってからの村林はギラついていた。当時のチーム方針もあり、1年目は育成試合を中心に出場して体力を養う。二軍の試合でベンチ入りしても出番があるまではノックや打ち込みと、その時々の課題に応じて徹底的に汗を流してからグラウンドに立った。

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 とにかく自分から率先して動いた。当時二軍監督だった平石洋介をはじめとする首脳陣に「バッティングピッチャーをお願いします」「ノック打ってください」と、連日のように特打や特守を志願し、自らを鍛え抜く。

 村林が「原点」を回想する。

「自分がうまくなるためには指導者の方々にお願いする以外はなかったので。そういったものが今にも生きているなって思います」

 2年目に二軍でショートのレギュラーを掴んだ。3年目以降は主に守備固めとして一軍出場を増やしていくが、「それ以上」がなかなか訪れなかった原因に、打率1割台だったバッティングがあった。

【次ページ】 「考え方ってひとつじゃない」…村林の“気づき”

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