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格闘技PRESSBACK NUMBER
「イノキは賭けに出ず、床に寝転がり…」あの伝説の「猪木アリ状態」はなぜ起こった? 世紀の一戦から49年…アリの“肉声テープ”で分かった新事実
text by

欠端大林Hiroki Kakehata
photograph byJIJI PRESS
posted2025/06/26 11:03
今から49年前のモハメド・アリとアントニオ猪木の異種格闘技戦。試合がはじまると猪木はマットに寝ころび、いわゆる「猪木アリ状態」に
リングに横たわったまま3分15Rを戦った猪木は、どこまで「勝利」にこだわっていたのか。実はこの点についてもひとつの疑問が残されている。
試合2日前に報道された「最終ルール」では、15Rで決着がつかなかった場合、「3人のジャッジ(レフェリーのジーン・ラーベル、遠藤幸吉、遠山甲)の合計得点の多い方が勝者」と定められている。
実際のジャッジはラーベルがドロー(猪木71-アリ71)、遠藤幸吉はアリ勝ち(猪木72-アリ74)、遠山甲が猪木勝ち(猪木72-アリ68)と3人の評価が分かれる結果となったが、合計得点で言えば猪木が215、アリが213で、合計得点の多い猪木が勝者になるはずだった。
採点ルールもあったが…結果は「引き分け」
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ところが試合後、特段の説明もなくレフェリーのラーベルは2人の手を上げ、試合は引き分けとなった。その場で疑問を呈するファンもいなければ、翌日以降にこの疑問を指摘するメディアも皆無だった。猪木と新日本サイドは、そもそもこの合計得点のルールを知っていたのだろうか。
この点について、新間氏は当時こう語っていた。
「それは初耳だよ。あの試合から40年間、そんな話は一度も聞いたことがない。もちろん、当時もそんなことは一切知らなかったし……まあルールは私が作ったんだろうけど、本当にどうしてこんなルールになっているのか、まったく覚えていない」
新間氏が知らないルールを、ファンが知るはずもない。一応、当時のスポーツ紙などでルールは報道されているのだが、試合内容に失望させられたファンには、もはや勝ち負けのことなど考える余裕がなかったのだろう。それは新間氏も同じだった。
「あれだけお客さんが試合内容に失望している状況のなかで、どちらが勝ったか、負けたかということなんて考えられなかったよ。アリにしたって猪木さんにしたって、あの試合で勝ったところで、ちっとも嬉しくなかったでしょう。そもそも、戦った2人だって合計得点なんてルールは間違いなく知らなかっただろうしね」
あの日、猪木とアリは互いに大きなジャンルを背負いながら、アリの言う「台本のないエキシビション」という、事実上のリアルファイトを戦った。
試合は不完全燃焼に終わったように見えたが、後年になってその試合が再評価されるようになったのは、猪木が妥協を拒否し、アリが勇気をもってリングに上がったことが認知されたからである。
アリにとって「簡単な仕事」として終わるはずだった試合が、紆余曲折を経て「伝説の一戦」に昇華し、猪木の格闘人生に大きな彩りを与えることになった。
残されたアリの肉声をいま聞き直してみると、「台本通り」の人生を拒否した2人の男の生きざまが、くっきりと浮かび上がってくるようだ。


