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「長嶋茂雄は天才だった」は本当か? あの野村克也も知らなかった“長嶋の本当の顔”「内角だと予感した」なぜ最強ピッチャー・稲尾和久を打ち崩せたか
text by

岡野誠Makoto Okano
photograph byJIJI PRESS
posted2025/06/14 06:00
「長嶋は配球を読まずに3割を打った天才」は本当なのか?
〈サイちゃん(稲尾投手のこと)には徹底的に外角をマークしていたんだが、外角をスライダーで2球誘ってきたからこんどは内角だと予感したね〉(前掲紙)
「18打数でたしか3安打」数字ピタリ
長嶋は「深く考えないバッター」どころか、1球ごとに相手の心理を読んで、稲尾を打ち崩していた。5年前のルーキー時代には、日本シリーズで「神様・仏様・稲尾様」と対戦し、抑え込まれていた。その反省も生かしたのだろう。同じ新聞紙上には、こんなコメントが載っている。
〈18打数でたしか3安打だったかな〉(前掲紙)
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調べてみると、数字は寸分の狂いなく一致した。長嶋は「清水」を「淡口」と言うなど名前をよく間違えるという話は尽きないが、一方で数多いる番記者を1回で覚えて2回目に会った時に名前を呼んだという逸話もある。「忘れっぽい人」はあくまでポーズであり、実は「驚くべき記憶力の持ち主」であり、それが打席内での読みの鋭さに繋がっていたのではないか。
なぜ「長嶋の配球予測」は注目されず?
もちろん、長嶋や野村に限らず、当時の選手たちも「次はカーブが来る」と考える時もあり、“配球読み”自体は特別なことではない。だが、ミスターの予測的中率は高かったと思われる。
初めて4番に座った日に右翼へ本塁打を放つと〈外角ばかりを攻めてくるのでねらっていたんです〉(1958年8月7日付/報知新聞)、阪神・村山実から決勝2ランを打つと〈必ず変化球を投げて来ると思ったからフォークボールだけをねらった〉(1964年4月12日付/読売新聞)と言っている。
他にも、数多の狙い打ちコメントが残っている。にもかかわらず、なぜ長嶋は「配球予測の天才」という評価に繋がらなかったのか。
〈つづく〉

