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「一茂、なんとか打ってくれ!」“長嶋茂雄・一茂親子と対戦”あの中日投手の告白「抑えちゃった…でも練習の飛距離はスゴかった」いま明かす“長嶋愛” 

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松永多佳倫

松永多佳倫Takarin Matsunaga

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photograph bySankei Shimbun

posted2025/06/06 17:00

「一茂、なんとか打ってくれ!」“長嶋茂雄・一茂親子と対戦”あの中日投手の告白「抑えちゃった…でも練習の飛距離はスゴかった」いま明かす“長嶋愛”<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

1991年2月、ヤクルトのキャンプで息子・長嶋一茂のバッティングをチェックする長嶋茂雄。隣には野村克也

「一茂、打ってくれ!」と思って投げたが…

 まさに神様、仏様、長嶋様。鈴木の長嶋愛は、「同郷のヒーロー」という括りには到底収まらないものだった。そんな鈴木に現役晩年、長嶋の長男・一茂との対戦機会が巡ってくる。

「テレビ東京で『長嶋親子に打たれた、ただ一人の男』って体裁で特番が組まれることになって、構成上どうしても一茂に打たれるシーンが必要だったらしいんだ。そのシーンだけ撮れれば完成だったのが、抑えちゃったんだよね。俺もその絵が欲しいことを知っていたから、『なんとか打ってくれ! シングルヒットでいいから』と思って投げたんだけど、どうしても打ってくれない(笑)。もちろん真剣勝負だから全力だけどね。結局お蔵入りになっちゃった。ただ、一茂の飛距離は凄かった。バッティング練習はみんな見てたもの。長距離砲だよね。お父さんも長距離砲だけど、タイプ的にはアベレージも高い中距離砲に近い感じだったかな」

 電話口の鈴木の声のトーンが上がる。

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「とにかく、長嶋さんは敵に思えなかった。王(貞治)さんもスーパースターだけど、やっぱり敵だと思って投げ込んだ。でも、長嶋さんは敵チームなのに敵じゃなかった唯一の選手。巨人に入りたかったけど、長嶋さんと対戦できたから中日に行って本当によかったよ。俺の部屋は、長嶋さんでいっぱいだから。毎年、報知新聞社から送られていた長嶋カレンダーを捨てられないから切り抜いて残してあるし、他にも長嶋グッズでいっぱいよ」

 自室で電話取材を受けてくれている間も、鈴木は「たくさんの長嶋さん」に囲まれていたという。「長嶋さんは敵に思えなかった」。その一言が、他の誰とも違うミスタープロ野球の偉大さを端的に表しているようにも思えた。

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