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「泣くんじゃねえ!」落合博満が涙の新人投手を一喝「オレ、クビだよな…」中日・井上一樹監督が振り返る“練習生”から監督へ「紙一重」の大逆転人生
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佐藤春佳Haruka Sato
photograph byHaruka Sato
posted2025/06/02 11:03
自らの人生を「紙一重」と自称する中日・井上監督
「『何泣いてんだよ』って。『この世界はやるかやられるかなんだよ。ベソかいてたんじゃあ、この道では生きていけねえんだぞ。泣くんじゃねえ』って。そんな言葉を言われたことをうっすら覚えています。当時の落合さんは大スターで、コーチだってものが言えないくらいの存在です。そんな選手が19、20歳のペーペーに対して言葉をかけてくれた。たまたまバスの席が近かっただけかもしれないけれど、ありがたかったですね」
「野手転向」導いた“偶然”の連続
プロ5年目、1994年のシーズン前に、当時の島谷金二・二軍監督から野手転向の打診を受けた。投手として行き詰まり、どん底にいた若者にとってそれはまるで、頭上に垂らされた“蜘蛛の糸”だった。
「この自信喪失状態からやっと脱出できるんだ、って。野手に替わればそれなりに試合に出られる、もっと野球を楽しめるんじゃないか、と光が見えたような思いでしたよ」
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野球人生の大きなターニングポイントとなったこの野手転向にも実は、「紙一重」の裏話があった。
「確かシーズン前の春の教育リーグで、二軍の野手がボロボロ怪我をしてバッターが足りなくなってしまったことがあったんです。そこで中途半端なピッチャーだったオレに声がかかった。『今日は外野に入れ。守れなくてもいいから、とりあえず出ろ』と。そこで確か、2本くらいヒットを打っちゃったんです。それでもう、翌日には首脳陣の中で『あいつ野手の方がいけるんじゃないか』っていう話し合いが行われたらしいです」
“代役”で出場した晴れ舞台でいきなり…
たまたま出たあの試合でヒットを打っていなかったら……。不思議な運命の導きを、井上監督は今でも感じているという。
「試合に出ている以上は打席で来たボールを打つのは当然です。でも、絶対打ってやろうと力が入っていたわけでもなく、打てなくて当然だとリラックスして打席に立っていたから打てたんだと思う。もう今年でクビだろうと思っていたオレが、あれで生き延びた。春先のキャンプでたまたま野手の人たちが怪我をしていなかったら、そういうことにもなっていない。運命がいい方に転がってくれたんだと思いますね」


