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史上唯一の偉業「18歳が初登板でノーヒットノーラン」26歳で引退した“中日の伝説的ルーキー”近藤真市は今…「昔は何も聞けなかった」元番記者が直撃
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森合正範Masanori Moriai
photograph byKazuhito Yamada
posted2025/05/15 11:35
プロ野球史上唯一の偉業「初登板でノーヒットノーラン」を達成した近藤真一(現:真市/当時18歳)
一軍に上がることさえ、想像もしていなかった。それがまさか先発だなんて。
近藤はあまりに緊張しすぎて、ここから試合開始まで何をしたのか記憶がない。空白の2時間になっている。
わずかに覚えていることは、捕手の大石友好からこう聞かれたことだ。
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「おまえ、球種、何がある?」
「まっすぐと、カーブと、フォークです」
試合でフォークを投げたこともないのに、なぜか口がそう動いていた。
駒田徳広への初球「あれがボールだったら…」
一軍では試合の何分前から肩をつくるのかさえわからない。ブルペンの投球練習で、緊張をほぐそうと、少し後ろを向いてからパッと投げた。あれ、いいやん……! 後ろに体を捻るようにして、ゆっくりと足を上げるフォーム。これまでにない「間」ができる感覚だった。よし、これで投げよう。
午後6時20分。マウンドに上がると、ひざが震えているのがわかった。ストライクが入るのだろうか。不安が襲ってくる。巨人の先頭打者、駒田徳広への初球は144キロ。ファウルになった。この1球で緊張が解けた。
三者凡退で片付け、ベンチに戻る。ベテラン外野手の石井昭男は高校生ルーキーの初登板を励ますような口調で言った。
「あと8回だぞ」
石井はイニングを終えるごとに、「あと7回」「あと6回」とカウントダウンしていった。
5回、中日の4番落合がこの日2本目のホームランを放った。初回に2ラン、今度も2ラン。近藤の心の中が変わってきた。
――あの試合、序盤はいかがでしたか。
「駒田さんの初球のファウル。あれがよかった。あれがボールだったら、記録はたぶんできていない。あの1球で緊張が解けた。すごく大きかったね」
――記録はいつくらいから意識したのでしょうか。
「落合さんが打って6対0になった。後ろには鹿島(忠)さん、(郭)源治さんがいる。勝ち投手はとれるだろうと。ヒットを打たれてないのはわかっていた。よし、一人ずつ抑えていって、狙っていこうと思いました」
38年前のあの日のことをすらすらと話している。
――試合前の記憶はないと言っていましたが、始まってからは覚えているようですね。
「あの試合は何の球種を投げたか。1番から9番まで。1回から9回までこのバッターにはこの球種でこう打ち取った、って全部言えますよ」
――ほかの試合も覚えているんでしょうか。
「他の試合は覚えていない。あの試合だけ」
――見返したり、これまでの取材などで聞かれたからでしょうか?
「あの試合はイメージとして残っています。鮮明に残っていますよ」
インタビューが進むにつれ、近藤の語尾に少し敬語が混じってきた。あの頃とは違う。その口調が私にはなんだかこそばゆかった。

