革命前夜~1994年の近鉄バファローズBACK NUMBER
「開幕戦は野茂と心中や」1994年“史上初の快挙”へ快投を続ける野茂英雄に鈴木啓示監督が寄せていた“信頼”と“不満”…「もっと走らなアカン」
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喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byKYODO
posted2025/05/02 11:04
自身300勝の大投手だった鈴木啓示監督は野茂への信頼を口にしていた。開幕戦で史上初の大記録が近づく中、鈴木監督の采配は…
西武・郭泰源との投手戦は、スコアボードに「0」だけが刻まれていく。
野茂は、立ち上がりからエンジン全開だった。
圧巻の奪三振ショー
1回、先頭の佐々木誠、2番笘篠誠治をともに3ボール2ストライクのフルカウントから空振り三振。3番のマイク・パグリアルーロに四球を許したが、4番・清原和博にはストレートで押し続けて追い込むと、最後は宝刀・フォークで空振り三振。初回から、3つのアウトはすべて空振り三振。2回も2四球を出しながらも2奪三振。3回は佐々木、笘篠、パグリアルーロと3連続三振、4回は先頭の清原に四球も、鈴木健、石毛宏典、吉竹春樹と3者連続三振。4回までの12アウトのうち、11が三振という圧巻の快投ぶりだ。
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6回に入ったころから、記者席がざわつき始めた。
野球記者の“あるある”に「調べ始めたら記録が止まる」というものがある。5回あたりまでノーヒットだと、誰かが意を決したかのように、周りに聞こえよがしにつぶやくのだ。
「よっしゃ、そろそろ調べよか」
史上何人目、直前の達成者は誰か。そうした過去の記録を調べ、取材のための準備を始めると、なぜかヒットが出る。それが“野球記者あるある”でもある。調べたことが無駄になろうとも、記録達成時の忙しさと会社から押し寄せてくる原稿の要求値が高くなることを考えれば、そんな大記録は御免被りたい……とばかりに、ちょっぴり斜に構えた記者たちの、仕事量軽減のための“おまじない”のようなものだ。
高まる「大事件」の雰囲気
史上初、開幕戦ノーヒットノーラン。
それだけでも大事件なのに、その主人公が野茂英雄という大スターともなれば、扱いは特別だ。1面原稿は野茂で決まり。打って、大記録をアシストした選手の原稿だって要求されるだろう。受けた捕手はもちろん、対戦した西武のバッターの反応だって必要になる。
繰り返しになるが、私にとって、プロ野球記者としての“1試合目”だった。その幕開けに、空前の大記録が達成されるかもしれない。
見てみたい気もする。しかし、当時の私の取材力と筆力には釣り合わない、とんでもない出来事でもある。その高揚感と不安感が、押しては返し、ひいては返す、まるで潮の満ち引きのように、心の中で交互にざわめきを繰り返していた。
番記者のジンクス破りも効き目がないほどに、野茂の快投は続く。
8回まで0行進。相手の郭泰源も、8回まで近鉄をわずか2安打に封じている。決着がつかないのか。延長に突入するのか? ノーヒットのまま延長? それはそれで、またストーリーが複雑になっていく。
記者席にも、次第に緊張感が高まっていく。


