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「お前、行きたい球団はあるのか?」監督から問われ…“逆指名導入元年”の巨人ドラ1指名選手が振り返る“ドラフト狂騒曲”「いざ決めるとなると…」
text by

田口元義Genki Taguchi
photograph byKYODO
posted2025/04/07 11:01
1993年のドラフトで導入された逆指名制度で、巨人初のドラフト1位となった三野勝大。入団に至るまでは新制度ならではの紆余曲折もあったという
この年の候補選手、とりわけ上位指名が予想される選手たちにとっては、前年までのドラフトとは意識の向け方が一変していた。1位と2位に限り、大学と社会人チームの選手が入団する球団を選択できるようになる「逆指名制度」が導入されたのである。そのことにより、三野も逆指名候補として各球団にリストアップされる存在となった。
仙台六大学リーグ通算13勝無敗。MVP1回、ベストナイン2回。4年秋のリーグ戦終了後、明確な実績を携えた三野のもとに、プロから早くもコンタクトがあった。
それが、広島と近鉄である。
「逆指名制度元年」ゆえの喧騒…葛藤も
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今までならば、いくら事前情報が躍ったとしても、ドラフト会議当日にならなければ自分が指名されるかどうかはわからない。しかし、逆指名がスタートしたことでドラフト前から「順位」という評価が顕在化する。「指名待ち」という受け身ではいられず、自ら答えを出さなくてはいけない境遇に身を置いたことで、三野に不安がよぎる。
「声を掛けられた時は嬉しかったんですけど、いざ決めるとなると『自分なんかで大丈夫かな?』という気持ちもありました」
広島か近鉄か? この心の揺れは、わかりやすいほどパフォーマンスに反映されてしまっていた。
秋のリーグ戦を制し、全国大会の明治神宮大会へ向けた静岡合宿で、三野は練習試合に3試合投げ15失点と散々な結果だった。
「広島でも近鉄でも、どちらを選んだとしても監督は納得してくれたんだと思いますけど、判断は迷いましたねぇ」
懊悩する三野を見かねた監督の伊藤義博から、核心を突かれるように問われる。
「お前、行きたい球団があるのか?」
監督から2球団どちらかの選択を迫られるのではなく、意志を確認されたことが三野の心の扉を開かせる。
ほんの少し、本音が漏れた。
「僕は昔から、巨人ファンなんです」
三野は「行きたい」と断言しなかった。だが伊藤は、納得したように頷き、短く答える。
「そうか。わかった」
<次回へつづく>

