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センバツ“衝撃の初登場”沖縄・エナジックスポーツ高とは何だったのか? 示した「県内だけでも戦える」…ライバル校監督も「選択肢が増えるのはいいこと」 

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田口元義

田口元義Genki Taguchi

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posted2025/03/26 17:00

センバツ“衝撃の初登場”沖縄・エナジックスポーツ高とは何だったのか? 示した「県内だけでも戦える」…ライバル校監督も「選択肢が増えるのはいいこと」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

春夏通じて甲子園初出場となったエナジックスポーツ高の初戦は愛知・至学館を相手に8-0で快勝。ベンチ入りメンバーは全員、地元・沖縄出身だった

 かつて浦添商の監督として2008年夏にベスト4、14年のセンバツでは美里工を春夏通じて初めての甲子園へと導いた。そして、沖縄で実績を成した監督は、21年に創設されたエナジックスポーツで新たなキャリアを歩むことを決めたのである。

 22年に誕生した野球部の監督を引き受けた時点で66歳。「同級生はみんな、ご隠居さんですから」と話す神谷が新設校を指揮すると決めた熱量は、実に真っすぐだ。

「生涯、青い春」

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 即座に答えてくれたかと思えば「冗談だよ」と照れ臭そうに笑い、想いを打ち明ける。

「子供たちと一緒に夢を追えることが、一番の幸せですからね」

「沖縄の力」で「3年以内に甲子園」?

 神谷にとっての“アオハル”とは、「沖縄の力」を高めることである。エナジックスポーツの監督就任時から「3年以内に甲子園」と、あえて退路を断つように大きく宣言したこともその一環であるはずだ。

 だが、いくら沖縄での経歴が長い神谷とはいえ、一から組織を作り上げる過程で当然のように荒波にもまれた。

 そのひとつが――選手の獲得だった。

<次回へつづく>

#2に続く
「中学校を回っても、学校に入れてもらえないことも…」センバツで話題沸騰 沖縄・エナジックスポーツ高“創部3年で甲子園出場”までの波乱万丈

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