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敗者キム・イェジュン“じつは試合開始60秒にあった”異変「目だけギロギロ動かして…」通訳が訳さなかった井上尚弥への“発言”…キムの素顔を現地記者は見た 

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曹宇鉉

曹宇鉉Uhyon Cho

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photograph byTakuya Sugiyama

posted2025/01/26 11:03

敗者キム・イェジュン“じつは試合開始60秒にあった”異変「目だけギロギロ動かして…」通訳が訳さなかった井上尚弥への“発言”…キムの素顔を現地記者は見た<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

井上尚弥に敗れた挑戦者キム・イェジュン。現地記者が見た素顔とは

 瞳を閉じて、願いを込めるように俯く。あきらかに感情を昂らせている。演奏が終わったあとも、キムは目を伏せながらその余韻を噛みしめていた。

 親の顔を知らないまま施設で育った韓国人ボクサーにとって、国歌とはいったいどんな意味を持つのだろうか。決定的に愛国心を欠いた韓国人である筆者には理解しようもなかったが、そのとき初めて、「キム・イェジュンは本気で井上尚弥に勝とうとしている」と直観した。

 抑制していた感情が解放される。鼻孔が開き、まばゆい照明やワセリンの光沢も手伝って鉄仮面に生気が宿る。初めての世界戦で、相手は怪物だ。絶対的に不利であることはキム自身が誰よりも深く理解しているだろう。それでも、ほんのわずかな可能性を手繰り寄せるために。32歳の挑戦が始まった。

井上が消した“キム唯一の勝ち筋”

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 1ラウンド、井上は距離とタイミングを測るように、つとめて慎重にジャブを突いていく。スイッチヒッターのキムはサウスポーに構えてスキを窺う。開始60秒ではっきりする。やはり、井上は無理に出てこない。「最初から、1ラウンドから来てほしい」というキムの勝ち筋を、井上が冷静な“作業”によって摘んでいる――そんな構図にも見えた。

 キムの“プランA”はあっけなく瓦解した。2ラウンドは立ち上がりから井上が優位に立つ。上下の強打を浴びて、「効いていない」と首を振るキム。井上はお構いなしにノーモーションの右を顔面に叩き込む。「イェジュン、ファイティン!」という韓国ファンの野太い声が、有明アリーナにむなしく響く。

 2ラウンド残り26秒、キムの左ストレートが井上の側頭部を捉える。バランスを崩した井上だが、ダメージはない。3ラウンド開始直後、左目の下を腫らしたキムが攻勢に出る。しかし井上がパンチの距離感やタイミングを学習したことで、次第に両者の戦力差が浮き彫りになっていく。左右のボディがキムの胴体をとらえ、鈍い音を立てる。

 運命の4ラウンド。井上の強打を浴びながら、キムは「来い、来い」というジェスチャーを繰り返し、ひたぶるにカウンターを狙う。だが、それはあまりにも儚い“プランB”だった。万に一つのチャンスを信じるキムの思いは、モンスターの残酷なワンツーで断ち切られた。

【次ページ】 試合後会見…キムの異変を見た

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