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敗者キム・イェジュン“じつは試合開始60秒にあった”異変「目だけギロギロ動かして…」通訳が訳さなかった井上尚弥への“発言”…キムの素顔を現地記者は見た
posted2025/01/26 11:03
text by
曹宇鉉Uhyon Cho
photograph by
Takuya Sugiyama
4ラウンド、2分25秒。スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥のワンツーを被弾した32歳の挑戦者は、力なくキャンバスに崩れ落ちた。青コーナーから投げ入れられたタオルが宙を舞う。誰もが当たり前のものとして、その現実を受け入れていた。井上に打ちのめされた当の本人であるキム・イェジュン、ただひとりを除いては。
キムに勝ち目はあったのか?
1月22日の記者会見で、トップランク社CEOのボブ・アラムは心にもないことを口にした。
「今回のように急きょ決まった試合ほど、アップセットが起きるものです」
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試合を盛り上げるために放ったせめてもの言葉であり、本心であるはずがない。すぐとなりでその発言を聞いていたキムも、当然ながら井上も、眉ひとつ動かさなかった。
ごく公平に見て、キムはアンダードッグのなかのアンダードッグだった。WBO世界スーパーバンタム級11位とはいえ、「BoXRec」のレーティングでは試合前の時点で同級57位。当初挑戦する予定だったサム・グッドマンは3位、言うまでもなく1位は井上だ。
仮にグッドマンが負傷することなくリングに立っていたとしても、井上に勝つことが不可能に近いミッションだったのは間違いない。ファンであれ、識者であれ、「リザーバーのキムが挑戦したところで……」と考えるのはごく自然なことだった。
訳されなかった「チョウンブット」の意味
ボブ・アラムが口にしたような“空前絶後の大番狂わせ”を起こすための条件とは何か。「試合を受けてくれたキム選手に感謝します。彼とファンへの最大限のリスペクトとして、しっかりと仕上げました」と語る井上のコンディション不良は望むべくもない。どんなに確率が低くとも、ベットに値するだけの勝ち筋――細く、頼りない糸であることはおそらく承知のうえで、キムはごくささやかなブラフを仕掛けた。