JリーグPRESSBACK NUMBER
「欧州で収入は5~6万円、住居食事は…」“J2戦力外後”のプロサッカー選手、リアルな海外挑戦事情「インドネシアでは熱中症になりかけて」
text by

阿部博一/小野ヒデコHirokazu Abe/Hideko Ono
photograph byJ.LEAGUE
posted2025/01/31 11:02
2009年、水戸ホーリーホック時代の星野圭佑さん。Jリーガーとして4シーズンを過ごしたのち、どんなサッカー人生を送ったのか
帰国後も海外リーグでのプレーを望んでいたなか、突然、インドネシアのチームから声がかかった。きっかけは、自作したプレー集のまとめ動画を見た先方の監督が、星野を気に入ったことだった。
ファーストコンタクト後、まもなく飛行機のチケットが届き、インドネシアのジャカルタへ飛んだ。
インドネシアはサッカーの人気度が高く、特にジャカルタのチームはファンが多く、活気があるという。契約内容は月収約30万円。30歳となった今、悪くはない話だった。
帰りの飛行機チケットを用意してもらえなかった
ADVERTISEMENT
ただ、引っかかることがあった。練習環境についてだ。
インドネシアは点在した離島によって成り立っている国のため、試合会場へは毎回飛行機移動になる。そのため、練習は週2回しか取れず、残りは「移動」になる現実に二の足を踏んだ。さらに、現地の高温多湿な気候に体が対応できず、万全な状態でトライアウトを受けることができなかった。
「熱中症になりかけて、メンタル的にもきつい状態でプレーをしたので、案の定、結果は散々でした。それで、契約の話はなくなり、帰りの飛行機チケットも用意してもらえないという(苦笑)。金銭的に余裕がなく、自腹では買えませんでした。どうしようかと思っていたとき、チームにいた韓国人選手に助けてもらい、無事に帰国することができました。上手くいかなかった要因は諸々ありますが、一言でいうと自分の実力不足です」
星野のベクトルは常に自分に向いている。内省できる点が、成長の糧であり、周りから手助けしてもらえる理由なのかもしれない。
〈つづく〉

