甲子園の風BACK NUMBER
「なぜプロ志望届を出さない?」大社エース・馬庭優太が初めて明かす“進路の決断”…部員数ギリギリの中学野球部から“早稲田実を倒すまで”
posted2024/09/07 17:00
text by
井上幸太Kota Inoue
photograph by
Kota Inoue
「馬庭投手ですか?」一躍有名人に
いたずらっぽい笑顔と声色だった。
「少しはあるんですけど、馬庭“さん”に比べたら、全然です」
大社の主将で正捕手だった石原勇翔に、「甲子園から帰ってきて、街中を歩いていたら、気づかれるか」と尋ねたときの回答である。
女房役の一言を聞いた「馬庭“さん”」こと、大社のエース・馬庭優太は、「やめろって、もう……」とつぶやきながら、甲子園期間中よりも少し髪が伸びた頭をかいた。
「地域の皆さんから、すごく声をかけてもらっています。『馬庭投手ですか?』みたいな質問の形が一番多いですかね。そのたびに、甲子園ベスト8まで勝ち進めたことを実感します」
10月に佐賀で開催予定の「国民スポーツ大会」への出場が決まっているが、話を聞いた9月初旬は学園祭が控えていた。学園祭が終わるまで3年生の練習参加は自由。夏の甲子園での戦いを終えて島根に戻り、束の間の休息期間である。
32年ぶりの出場、63年ぶりの白星、107年ぶり2勝、そして93年ぶりの8強進出。この夏、大社が勝ち進むたびに報じられる数字は、いずれもインパクトに満ちていた。
その勝ち上がりの中心にいたのが、馬庭だった。
甲子園中に…「こうして覚醒した」
背番号1の左腕は、報徳学園との初戦から3試合連続で先発完投。「今夏屈指の名勝負」との呼び声も高い早稲田実との3回戦では、延長11回を投げ抜き、最後は無死満塁からセンター前にサヨナラ打を放つという、投打にわたる活躍を見せた。
一塁に駆け出しながら、打球が二遊間を破る様子を見届けると、目に涙を浮かべながら、歓声にこたえるように両腕を広げた。本人曰く「なにも考えられなくて、自然とああいうポーズをとっていた」とのことだが、耳をつんざくような大歓声に包まれ、ナイター照明に照らされる姿は、神々しくさえあった。