「ノゾミは『うーん、ノー』みたいな反応で…」

　残り1周を目前にして田中の前に3人の選手が横並びになり、まるで壁のように立ちふさがる。近くにいたハルはその壁の前で先頭を目指して走っている。最終ラップに入り、後ろからスペインのマルタ・ペレスに抜かれる。残り200mから壁は崩れ、徐々に差が開いていく。

　残り100m、田中の前にスペースが空き、単独走のような空間が広がる。あとは自分との戦い。懸命に腕を振り、上半身を押し出すようにゴールラインを駆け抜けた。

前傾姿勢でゴールラインを駆け抜けた田中希実　©Ryosuke Menju/JMPA

　ゴール後の表情は記者席からは読み取れなかった。掲示板に少し目をやって、振り返ることなく、同組2着で決勝進出を決めたハルのもとへと向かったからだ。何やら首を横に振り、少し話し込む。田中は最後にスタジアムのビジョンに映し出された自身の記録「11着　3分59秒70　SB（シーズンベスト）」という表示を確認して、一礼してトラックを後にした。

東京五輪以来の「3分台」を噛みしめる　©Ryosuke Menju/JMPA

　その姿を確認して、取材対応エリアへと移動すると、満面の笑みでオーストラリアメディアの取材に応じるハルがいた。田中とはどんな会話をかわしたのか。

「レース後、『どうだった？』と聞いたわ。でも結果は知っての通りで、ノゾミは『うーん、ノー』みたいな反応で、東京五輪で一緒に走った話をしたわ。ノゾミとは1500m準決勝で同じ組で走って、そのときは私も彼女も国内記録を更新できたのよ。だから、あの夜の記録は本当に彼女のおかげなの。そして、また今日、同じ組で走れた。それって素晴らしいことじゃない？　しかも私たちは他にも共通点があって、父親がコーチというのも同じなの。ノゾミはお父さんと楽しそうに走っていていつも幸せそうな印象を持っているわ。だから、決勝の夜も一緒に走れたらよかったのだけど……。でも、今後のダイヤモンドリーグや世界陸上でまた走れると思うし、私も日本でまた彼女と走りたい」

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