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「『これぐらいでも勝てるんや』と思ってしまった」あの田中希実を破って全国制覇…“天才少女ランナー”はなぜ突然、陸上界から姿を消した?
text by
和田悟志Satoshi Wada
photograph by(L)AFLO、(R)Satoshi Wada
posted2024/08/06 11:02
中高時代には全国制覇を経験し将来を嘱望された高橋ひなだが、大学で長いスランプに。一度は陸上の世界からドロップアウトしたという
ロンドン五輪男子800m代表で、現役を引退したばかりの横田真人氏 (現TWOLAPS TC )がヘッドコーチを務めるチームだ。
「早大の所沢のトラックは体育の授業でしか走ったことがないんです」
こう笑って話すように、大学のキャンパスがある埼玉・所沢ではなく、二子玉川に住み、横田の母校の慶大・日吉グラウンドや明大・八幡山グラウンド、多摩川などで練習を行っていた。
練習環境は申し分なかったが、なかなか結果が出なかった。2年間が経過し、大学を休学して競技に専念する決断をしたものの、第一線に戻るどころか、記録は落ち込むいっぽうだった。
「“もうおなかいっぱいですわ”ってなってしまって……」
高橋は、トンネルの出口に辿りつけないまま、陸上競技をドロップアウトする選択をとった。
横田に辞めることを伝えると、「ごめんな」と謝られたという。
「いやいや、こっちこそ、すみません…っていう感じでしたが」
指導者の横田にとっても、当人にとっても、悔いの残る形で高橋の競技人生は終わりを迎えた。
奇しくも2020年。結局、新型コロナウィルスの感染拡大により延期になったが、本来であれば東京五輪が開催されていたはずの年のことだ。その7年前、「東京オリンピックに出たい」と目標を口にしていた少女にとって、五輪出場は夢物語のまま、トラックを去ることになった。
陸上から離れるも…「普通の生活」で感じた空虚
大学に復学した高橋は“普通の大学生”としての生活を送った。
「ファミレスや居酒屋でバイトをしたり、渋谷に繰り出してオールしたり、みんなが想像する“大学生っぽい”生活です。バイトでは注意されまくって、陸上とは違ったプレッシャーも味わいましたが」
自分がいかに陸上以外のことを知らなかったかを思い知らされることも多かったが、そんな学生生活はもちろん楽しかった。しかし、その一方で、こんな感情も覚えた。
「チープな言葉に聞こえると思いますが、そういった楽しさは、陸上で勝った時の楽しさには全部劣るんですよね」
何かが足りない。一変した生活には物足りなさが付きまとった。
競技から離れている間は、陸上競技からも無理やり目を背けようとしていたが、高橋の胸の内には複雑な感情が巡っていた。