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靭帯損傷の尊富士に師匠は「止めておけ。力が入らないなら無理だ」 休場か、強行出場か…110年ぶりの快挙を生んだ“究極の選択”の舞台裏
posted2024/03/31 17:01
text by
荒井太郎Taro Arai
photograph by
JIJI PRESS
照ノ富士が3場所連続休場明けから復活優勝を果たした今年初場所、優勝パレードの旗手に抜擢されたのが、この場所で新十両優勝を成し遂げた尊富士だった。
「いい景色を見させていただいた。この景色をまた見てみたい」
まさか次の場所で自分が主役としてオープンカーに乗るとは、思ってもみなかった。
「旗手をやっている続きを見ているような、ひとつのドラマを見ている感覚だった」
「俺の9回よりお前の優勝のほうがうれしい」
部屋の兄弟子だが、年下の熱海富士が昨年秋場所は優勝決定戦に進出した。自身はまだ幕下だったが「自分の中で悔しい気持ちがあって、早く(幕内で)優勝争いをやってみたいと思っていた」と先を越された思いをずっと抱いていた。今度は年下の兄弟子に「うれしいけど、悔しい」と言わしめた。
110年ぶりとなる新入幕優勝は「伊勢ヶ濱部屋のみんなで勝ち取ったと思っている」と本人は語る。部屋は来場所で再入幕が有力視される宝富士を含めれば6人もの幕内力士を擁し、角界一と言われる豊富な稽古量で互いに切磋琢磨して実力を磨いている。部屋頭の横綱照ノ富士からは「俺の9回よりお前の優勝のほうがうれしい」と称賛された。世紀を跨ぐ大快挙は“チーム伊勢ヶ濱”がもたらしたとも言えた。
場所前には肉離れ、それでも連勝街道を突っ走り…
史上最速タイとなる所要9場所での新入幕となる場所前は、右わき腹に肉離れを発症させるという思わぬアクシデントに見舞われた。「サポーターとかはしたくない。何かを巻いたり、頼るのは好きじゃない」と日ごろから話す強気な男が患部に大きなテーピングを施すのだから、余程の痛みだったことが推察される。
「気持ちで負けないようにと。ずっと痛かったけど、だんだん体が慣れて痛みがなくなって、逆にいい流れに持っていけたと思う」とこともなげに言ってのけ、初日から快調に白星を積み重ねていく。
7日目には新入幕としては貴ノ浪以来、33年ぶりに無傷で単独トップに立つと、8日目には魁聖以来となる13年ぶりの幕内デビュー場所での全勝ターン。なおも快進撃は止まらず、11日目には新大関琴ノ若を撃破し、1960年(昭和35年)初場所で大鵬がマークした新入幕で初日から11連勝という歴代1位記録に並んだ。周囲の盛り上がりをよそに「記録は全然気にしなかった」と自身は目の前の一番に集中するのみ。