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「あいつを殺さなかったら、自分が殺される」ブル中野の告白…アジャコングとの死闘が“プロレスファンの色眼鏡”を壊した日《WWE殿堂入り》
text by
堀江ガンツGantz Horie
photograph byAFLO
posted2024/03/13 11:03
WWE殿堂入りが発表されたブル中野の現役時代
「あいつを殺さなかったら、自分が殺される」
「アジャと敵対してから、川崎で私が負けるまで一切の会話はなくなったし、毎日『今日、あいつを殺さなかったら、自分が殺される』という思いで闘ってました。私のプロレスラーとしての生き方をすべて表現させてくれたのがアジャだったと思う。心の底から憎いと思える相手と巡り会えて、心から認める相手に赤いベルトを明け渡すことができたので、本当に幸せだったと思います」
アジャに敗れ、女王の座を降りたブルだったが、物語はこれで終わりではなかった。ブルはここからまた女子プロレスの常識を覆していく。全女に当時まであった「25歳定年制」と「WWWA世界王座から陥落したら引退しなくてはならない」という不文律をなくし、全女の経営陣に現役続行を認めさせたのだ。
「私はアジャに赤いベルトを獲られたあとも現役を続けたんですけど、後輩たちのためにもずっと全女にいることはできないなと思っていたんです。じゃあ何をすればいいか模索していた時、たまたまWWEから話が来て。『私が海外との架け橋を作ればいいんだ』と思ったんです」
そしてブル中野は94年からWWEに本格参戦。当時のアメリカは、日本よりはるかに女子プロレスの地位が低く、女子の試合は1興行にせいぜい1試合、アトラクション的に組まれるものだったが、ブルは日本のスタイルをそのまま持ち込み、アメリカのファンやレスラー、関係者の女子プロレスへの意識を変えていく。
「史上最高のレスラーの一人だ」の意味
ブルのWWEでのライバルは、日本に長期滞在して全女のプロレスを学んだメドゥーサことアランドラ・ブレイズ。メドゥーサは横浜のブル中野vs.アジャコングの金網デスマッチでは、アジャのセコンドにも付いていた“日本育ち”のWWEスーパースター。あの獄門党とジャングル・ジャックの抗争の“続き”がアメリカの女子プロレスを変えるきっかけとなったのだ。
現在、WWEの女子部門は「ウィメンズ・ディヴィジョン」と呼ばれ、男のプロレスと同等の評価を得ている。その原点のひとつにブル中野がいることは間違いない。
今回の殿堂入りが発表された際、WWEのCCO(最高コンテンツ責任者)のトリプルHが、X(旧ツイッター)で「ブル中野は史上最高の女子レスラーの一人であるだけでなく、史上最高のレスラーの一人だ」と最大級の賛辞を送ったのが、それを物語っている。
WWE殿堂入り式典は日本時間の4月6日、アメリカ・ペンシルバニア州フィラデルフィアのウェルファーゴセンターで行われる。この模様は日本でもABEMAで生放送されることが決定。“世界の女帝”となったブル中野の晴れ舞台を、ぜひとも見届けたい。