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「駅伝日本一の実業団ランナー」から異例の転身…“現役女子大生ファッションモデル”國立華蓮の波乱万丈「とにかく後悔はしたくなくて」 

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荘司結有

荘司結有Yu Shoji

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photograph byMiki Fukano

posted2024/03/12 11:02

「駅伝日本一の実業団ランナー」から異例の転身…“現役女子大生ファッションモデル”國立華蓮の波乱万丈「とにかく後悔はしたくなくて」<Number Web> photograph by Miki Fukano

当時クイーンズ駅伝2連覇中の「実業団最強チーム」パナソニックに所属していた國立華蓮さん(23歳)。引退後はモデルとして活躍中

 実業団時代を振り返ると、その表情に陰りが見える。

「本当に大変というか……とにかく辛くて。パナソニックは練習量の多いチームですし、選手みんなが主体的に動く雰囲気が強かったんです。なんとかついていこうと必死だったのですが、体調が噛み合わなくて。練習が積めてきたと思ったら腹痛が酷くなったり、脚を怪我したりで、なかなか試合にも出られませんでした」

 陸上を始めた頃から、誰よりも必死に練習を積んできたつもりだった。だが、強豪チームの練習量やトップ選手の意識はそれ以上だった。

「とにかくストイックな選手が多かったんです。合宿中の空き時間も補強やジョグをしているし、朝起きたら部屋に誰もいないこともあって。特に堀先輩なんて『いつ休んでるんだろう』って思うくらい、いつも動いていましたから。でも、私は本練習についていくことで精一杯。本来なら一番下の私が誰よりも頑張らなきゃいけないのに、それができないことがしんどかったですね」

ある日、布団の中から起きられなくなり…

 心理的な負担からか、原因不明の体調不良が続き、前半シーズンは一試合も出られずに終えた。

 ダメ押しとなったのは、北海道での夏合宿中の出来事だ。ある日の朝、布団の中から起き上がれなくなった。心と身体は、バラバラになっていた。

「もちろん日本代表になるような選手もいるチームですし、上には上がいると分かってはいたのですが、どうしてもしんどくなってしまって。監督に伝えたら『一度実家で休養してこれからどうするか考えておいで』って言われました。そのときは心が限界だったので、もう辞めるつもりでした」

 愛知県一宮市の実家では、1カ月間、ほとんど走ることなく過ごした。それでも復帰を決めたのは、「このまま引退したら後悔する」との思いがあったからだ。

「同じ部署の方や、新人研修で出会った子たちがすごく応援してくれてたし、地元の友人も『また走る姿を見たいな』って言ってくれて。まだやり残したことがあるし、あと1年だけ頑張ろうって思ったんです」

 まずは自分のできる範囲内で、よく食べて、よく寝て、体調を整えよう。そう吹っ切れた気持ちで横浜の選手寮に戻ると、意外にも調子が上がっていった。11月末の日体大記録会3000mで、自己記録に迫る9分38秒78をマーク。徐々に走る楽しさを取り戻していった。

【次ページ】 引退後は…モデルスクール、大学受験の予備校にも!​

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