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ボクシングPRESSBACK NUMBER
井上尚弥とスパーして確信「世界は遠くない」自称・天才の阿部麗也30歳が“楽しくないボクシング”を続ける理由「サラリーマンだから耐えられた」
text by
栗田シメイShimei Kurita
photograph byKiichi Matsumoto
posted2024/03/01 17:04
日本時間3月3日に、ニューヨークで行われるIBF世界フェザー級タイトルマッチに臨む阿部麗也(30歳)。紆余曲折を経て、世界戦にたどり着いた
ジムに初のチャンピオンベルトをもたらした愛弟子の世界初挑戦。片渕は筆舌に尽くしがたい感情で、大舞台への準備を進めていた。
互いに口数が多いタイプではない。慣れ親しんだジムのリング上で、ミットとグローブを交えることが2人の対話がわりだった。片渕は世界戦が決まってから、こんな短い言葉をかけ、阿部は小さく頷いた。
「普段通りのことをして、普通に勝とう」
12年間“対話”を重ねた、二人にしか踏み込めない心の綾が存在するのだろう。片渕はこうも明かす。
「日本タイトル・東洋を獲った時も、『やった!』という感覚よりも、次は世界だよね、と素直に喜べなかったんですよ。世界戦で勝っても負けても自分がどんな感情になるか、本当に分からない。でも仮に負けたとして、落胆するかというとそうはならない気がするんです。会長として失格ですが。もうね、阿部の人生って漫画の世界じゃないですか。高校では全然ダメで、それでもプロでは新人王。3度目の挑戦でやっとチャンピオンになって、最初の世界戦がニューヨーク。それもサラリーマンをやりながら。正直、阿部と出会えたことで、自分が思い描いてきた会長人生はすでに送れているんですよ」
井上尚弥とスパーリング「世界はそう遠くない」
アマチュアでは7勝8敗の負け越し。プロとしては25勝3敗1分け。タイトル挑戦には2度、失敗した。自称する「天才」とは乖離した戦歴でもあるが、阿部はある意味では類まれな資質に恵まれた選手ともいえる。圧倒的な才能と対峙すると、アスリートの本能として畏怖し、大きなリスペクトを口にし、時には一定の距離を置く者もいるかもしれない。しかし、阿部の感性は全く別方向に向いていた。それは、“怪物”を引き合いに出したこんなエピソードからも窺い知れる。
「内山高志さんが世界王者の時に、スパーリングをやらせてもらって『世界の壁は厚いな』と痛感した。それからキャリアを積んで井上尚弥選手とスパーをした時に、なぜか『あれ、世界はそう遠くないんじゃないか』という感覚になった。もちろん技術は凄いし、能力も圧倒的ですが、僕の中ではなぜか手応えを感じたんですよ。それは伊藤雅雪選手を相手にしても同じだった。彼らとのスパーを経て、自分も世界チャンピオンへ、という具体的なイメージを持てるようになった面はありますね」