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二軍スタート→一軍で敗戦処理→セットアッパーに…《昨季51登板の大躍進》大ケガ克服の日ハム・池田隆英“飛躍のきっかけ”はあの「百獣の王」? 

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高木遊

高木遊Yu Takagi

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posted2024/02/16 17:01

二軍スタート→一軍で敗戦処理→セットアッパーに…《昨季51登板の大躍進》大ケガ克服の日ハム・池田隆英“飛躍のきっかけ”はあの「百獣の王」?<Number Web> photograph by JIJI PRESS

昨季は日ハム“不動のセットアッパー”として50試合以上に登板した池田隆英。勝利の方程式の一角を担った

「“重いものを持ってから軽いものを持って、速く腕を振る”というものです。腕を振るスピードって脳が判断しているので、そのキャパを上げるために、軽いラケットを振るなどして“腕がもっと振れるんだ”というトレーニングをしていきました」

 すると、鋭い腕の振りから放たれる球速はグングンと伸びていき、2年間で平均球速が4キロも増加。ストレートは常に150キロ以上を計測するようになった。もともと器用で変化球は多彩。軸であるストレートの威力が増したことで、大小様々な変化球が強力な効果を発揮するようになった。

 高校・大学を経て、今も同僚となっている田中が「1球も打てる球が無いようなイニングが多かった」と舌を巻くように、好投を続け、守護神・田中の前を投げる8回の地位を確立した。

 闇雲に言われたことをやり、迷路を彷徨っていた過去に別れを告げ、「エビデンスや答えがあるものを真剣にやっているイメージです」という今にたどり着いた。

 今年の10月で30歳になる。17歳の夏から始まった暗中模索の道のりを経て、たどり着いた成功。「思い描いていた30歳にはなれていますか?」と尋ねた。

「言葉の深さみたいなのがあるじゃないですか。それは出せているのかなと思いますね。いろいろ経験した分、それは凄く感じます」

「去年の成績は超えたい。そうすれば自ずと…」

「もし、あの時……」という誰しもが持つ後悔はいくつもある。怪我で苦しみたくはなかったし、もっとスマートに成功したかっただろう。それでも、その回り道の先で知った気づきや思考は、誰しもが持つ武器ではない。

 回り道をしたからこそ池田の今はある。今年も期待されるのは8回の痺れる場面だろう。マウンドの気迫さながらに「去年の成績は超えたい。そうすれば自ずとチームの勝利も増えるので」と力強く語る“炎のセットアッパー”が、2024年も相手打者の前に立ちはだかる。

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