寺田は「違和感」に気づき、「ここではない」と思った。そして、引き返した。本能が寺田をコースに引き戻した。

「走りながらあれこれ考えました。車からじゃ分かんないよ、中継車だって曲がったじゃん……。でも、まだ体力的には余裕があったし、城西さんがきついのが分かったので、諦めずに走りました」

なんとかシード権を確保…寺田夏生の「その後」

　こうして無事に、いや無事ではないが寺田は10位で帰ってきた。前田監督は私にこう話した。

「寺田が真っ直ぐ走っていれば8位だったかもしれませんが、10位になって、いい反省材料をもらったってことだと思います。8位よりも上を目指していきます」

　そしてその言葉は、時を経て現実のものとなっている。

　事件の当事者である寺田は、JR東日本に入ってからは積極的にフルマラソンにも挑戦し、2020年の福岡国際マラソンでは2時間08分03秒を出し、これが自己ベストとして残っている。

　実は、JR東日本の選手たちが住んでいる場所は、私の自宅の近くということもあり、公園でジョグをしていると、たびたび会うことがあった。美しいフォームで、そして猛烈なスピードで私を抜き去っていく（彼らにとっては単なるジョグだが、私からすればとんでもないスピードなのだ）。間近で効率的なフォームを見るのは眼福で、抜かれたあとに笑顔が出てしまうのだ。

　寺田選手とは、近所のお寿司屋さんで会ったこともあった。それほど熱心な取材者ではなかったのだが、私のことを覚えていてくれて、挨拶してくれた。傍らにはパートナーもいて、のちに結婚したと記事で読んだ。彼のことは、密(ひそか)にずっと応援していた。

皇學館大学の監督として箱根駅伝予選会に挑んだ寺田夏生　©Keiji Ishikawa

　2023年の大阪マラソンではペースメーカーを務め、無事に完走。これがラストレースとなり、引退した。そして23年7月から、三重県にある皇學館大学の監督に就くことになった。國學院と皇學館、神道で結ばれている糸でもあるが、私からみると、駒大の大八木監督にとって「孫弟子」にあたる（前田監督は駒大OB）寺田が指導者になる時代になったのだな……と感慨深いものを感じてしまうのだ。

＜第2回「走れなかったキャプテン」編に続く＞

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