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[途中棄権からの初優勝]1997年神奈川大学「20区目指して繋ぎ直した襷」
posted2024/01/03 09:00
text by
酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph by
Takuya Sugiyama
優勝を争う最中に絶望的なアクシデントは訪れた。指導者の逡巡、途切れた襷、選手の煩悶――。だがチームは翌年、予選会から初優勝まで上りつめた。そこに至るまでの当事者たちの思いを辿る。
練習日誌が心のよりどころだった。
神奈川大学の黄金期を彩った高嶋康司は照れ笑いしながら呟いた。
「かなり純粋というか、ピュアなヤツですよね。恥ずかしくなるくらい、ストレートに書いていますからね」
27年前の筆跡をたどる。いま、東京のシステム会社に勤め、48歳になった高嶋にとって、生涯忘れられない一日がある。
1996年1月2日。
第72回箱根駅伝の往路を走った仲間の名前と区間順位、タイムを羅列していく。そして、自らの結果も書き入れる。
《4区 高嶋 6km途中棄権》
丁寧な筆遣いに動揺は見えない。
だが、添え書きするレースの感想は深い懊悩の中で、のたうち回った生傷である。
《事が重大すぎて自分のしていることがわからなくなりそうだった。》
涙が涸れるほど泣いた。心が押しつぶされそうになりながらも、現実から目を背けずに、ペンを走らせていく。
《陸上から離れたい。離れれば少しは楽になるかもしれない。それは逃げているだけで何も得られない。逃げずに向かっていくのには大変な勇気がいる。その勇気をだす強さが自分にはあるだろうか。》
快晴の冬空だった。中央大や早稲田大、山梨学院大と並ぶ4強の前評判だった神奈川大は順調にレースを進めていた。3区の高津智一が区間賞で2位まで上げ、4区の高嶋に襷を繋ぐ。5区には前年区間賞で1学年上の近藤重勝が控えていた。高嶋は前日、近藤と別れる直前に言われていた。