「苦しみながらついていくことになると思ったんですけど、堀尾君もさすがに引っ張るのが嫌になったのか、怖いのか、先頭を譲った。それで集団が横になったんですよね。これはペースが落ちているということ。私はラッキーと思って（笑）、もう一回誰かが仕掛けてくるタイミングまでに、体力を回復させようと考えていました」

　ペースが落ちたと言っても、1kmあたりで3～5秒ほど。それでも川内によるとトップランナー同士の真剣勝負においては「1km5秒が大きい」という。

　レースのシナリオを1人で描いた異端児、周囲から本命視される第一人者、虎視眈々と勝機を窺う若き才能。役者たちの思惑が生み出す均衡状態が、見る者にこの42.195kmの山場がまもなく訪れることを告げていた。

「誰がいくのか、誰が仕掛けるのかっていうすごい緊張感の中で走っていました」

パリ五輪内定の“2位”が遠ざかる…

　均衡を破ったのは、27歳の小山だった。38km過ぎに少し前に出ると、意志の宿った瞳を前に向け明らかにペースをあげる。市ヶ谷からの本格的な上りに入る前の早めのスパートだった。川内の見解はこうだ。

「小山選手が集団内で動き始め、横に出て、後ろを見た。恐らく僕らのペースが落ちたので（7人のさらに）後ろが追いついてきてないか、確認したんだと思います。それぐらい彼は余裕があった。そこから仕掛けたというより、ペースを1km3分ちょいに戻したら他が離れたので『じゃあ行ってやろう』と本当のスパートに変わったんだと思います。そういう二段階のスパートをするだけの余力が彼には残っていた」

　大迫は単独で小山を追うが、その背中は遠ざかっていく。この日、初めてその端正な顔が歪む。堀尾、井上、作田は後方に離れた。川内が赤崎の後ろにつき、小山に追いつけなかった大迫が落ちてくる。

パリ五輪内定圏内の2位争い、赤崎がペースをあげ、川内と大迫は徐々に引き離された…  ©︎AFLO

　綺麗なフォームで淡々と走ってきた赤崎が速度を上げる。川内と大迫はつけない。パリ五輪内定の“2位”が遠ざかる――。

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